エッダ「詩語法」抜粋


ステブリン・カーメンスキイ著『神話学入門』(1980年12月20日初版・東海大学出版会)付録「スノッリ『エッダ』―「詩語法」抜粋より
菅原邦城・坂内徳明の訳による


一、巨人シャツィとイズン奪回の話


二、オージンが蜜酒を手に入れた話


三、雷神トールと巨人フルングニルの決闘の話


四、雷神トールと巨人ゲイルロズの話


五、ミョッルニルの槌などの宝物誕生の話





一、エーギルあるいはフレールという男がいた。彼はフレーセイ(フレール島)と呼ばれている島に住んでいた。

はなはだ呪術に長けていた。彼はアースガルズへ旅をしたが、アースたちはその旅のことを前もって知っていた。

彼は歓迎されたが、しかしながら、数多くのことは惑わしをかけられていたのだ。そして夕方、酒盛りをするときになると、オージンは大広間に刀剣を運び込ませた。

それらは非常に輝かしく、また光を発していた。そして、酒盛りの続いている間、ほかの明かりは使われなかった。

 その際、アースたちはこの自分たちの宴に出かけた。そして裁き手となるべき十二人のアースが上座に腰かけた。

こう呼ばれるアースたちが――トール、ニョルズ、フレイ、テュール、ヘイムダッル、ブラギ、ヴィーザル、ヴァーリ、ウッル、ヘーニル、フォルセティ、ロキ。

フリッグ、フレイヤ、ゲヴュン、イズン、ゲルズ、シギュン、フッラ、ナンナの女アースたちも同様であった。

エーギルには、そこで見わたせるものは目にもあやなるものに思われた。そこでは、壁板はことごとく美々しい盾の幕で飾られていた。

そこにはまた、強い酒もあり、大いに飲まれた。そしてブラギはエーギルに、アースたちに起こった数多くの出来事について話して聞かせたのだ。

彼はそこで、こんな話を始めた――

三人のアース、すなわちオージンとロキとヘーニルが旅に出かけて、山々や荒野を超えて進んでいたが、食物がなかった。しかし、とある谷におりてくると、三人は牡牛の群れが目に入り、

その中の一頭をつかまえ、料理にかかった。

そして、もう焼けただろうと思ったとき、火を掘り起こしてみたが、焼けていなかった。

それから、時間がたって二度目に火を掘り起こしてみて、焼けていなかったとき、アースたちはたがいに、これはどういうことなのだろうかと語りあった。

そのとき三人は、頭上の樫の木から、その上にいる者が語った、肉が焼けないようにしているのは自分だという言葉を聞いた。

かれらは見上げた。するとそこには鷲がとまっていたが、小さなやつじゃなかった。

 このとき鷲が言った。『その牡牛を俺が満腹するだけくれる気ならば、肉は火で焼けるだろうよ。』

三人はそれを承知した。すると鷲は木から舞い降りてきて、火の上にとまり、すぐに先ず牡牛の腿ふたつと両肩をひったくった。

 このときロキが腹をたてて、大きな棒をつかみとり、力のかぎりに振りまわし、鷲の体めがけて突っこんだ。この殴打に鷲は身をよじり、飛びあがる。

すると棒は鷲の体にくっついて、ロキの手はもう一方の端を握っていた。鷲はたかく飛ぶが、それはロキの足が岩や石屑や茂みに振れ、腕は肩から抜けるかと思う程だった。

彼は大声をあげて懸命に、鷲に許してくれるように頼んだ。しかし鷲が言うには、自分のところにりんごを持ったイズンをアースガルズから連れ出す誓いをロキがしなければ、

決して放してやらないとのことだった。ロキはそうすることにした。すると彼は放されて、自分の仲間のもとに帰った。三人の旅についてこの時は、帰るまでそれ以上のことは何も語られていない。

 そして、約束した時にロキは、イズンをアースガルズからとある森におびき出し、自分は、彼女がとっても値打ちがあると思うようなりんごを見つけたと語って、彼女のりんごを持っていって

それと比べるようにと言った。そのとき、巨人シャツィが鷲の姿をしてそこに現われ、イズンを掴んで、スリュムヘイムのわが家へと飛び去るのだった。
 
 さて、アースたちはイズンの行方不明に不安になり、まもなく白髪になり年寄りになった。そこでアースたちは会議を行なって、イズンについて一番最後なにを知っているか尋ねあった。

彼女がロキと一緒にアースガルズから出ていったことが、最後に見られておったのだ。それでロキが摑えられて会議の場に連れてこられ、殺すか拷問すると威された。

それでロキは恐ろしくなって、もしもフレイヤが彼女の持っている鷹の羽衣を貸してくれるならば、自分はヨトゥンヘイムにイズンを捜しに出かけるといった。

 そして鷹の羽衣を受けとると、ロキは北の方ヨトゥンヘイムに飛んでいき、ある日、巨人シャツィのもとにやってきた。巨人は海へ漁に出かけていたが、イズンはひとり家にいた。

ロキは彼女を木の実に変え、自分の鉤爪にひっかけて、全速力で飛ぶ。

しかし、シャツィは家にもどってイズンのいないのをみると、鷲の羽衣をとって、ロキを追いかけてろ日、鷲らしい飛翔の羽音をたてた。

だがアースたちは、鷹が木の実をつかんで飛来し、鷲が飛んでくるのを見たとき、アースガルズの壁の下に出てゆき、そこへ、かんな屑の山を運んだ。そして、鷹は砦の中にとび込むと、

砦の壁へまっさかさまに降下するのだった。その時、アースたちはかんな屑に火をつけた。鷲の方は、鷹を見失ったとき、速度を加減できなかった。

このとき鷲の羽根に火がつき、飛ぶのを止めた。それからアースたちが近づき、アースガルズの門内で巨人シャツィを殺した。そして、この殺害はすこぶる名高いものだ。

 しかし、巨人シャツィの娘スカジは、冑と鎧、ありとあらゆる武具をとって、父の仇を討とうとアースガルズに向かった。だがアースたちは、これに和解と償いを申し出た。

その最初は、彼女がアースたちの中から自分の夫を選ぶ、それも足だけで他の所は見ないでということだった。この時スカジは、ある男の足が非常にきれいなのを見て言った。

『このひとを選ぶわ、バルドルなら汚れはないでしょう!』

しかし、それはノーアトゥーンのニョルズだった。

 スカジは自分の和解条件の中に、アースたちにはやれそうもないと思ったこと、つまり、彼女を笑わせるということも入れていた。

この時ロキは、紐である山羊のひげを結び、もう一方の端を自分の陰嚢にゆわえつけて、代わるがわる引っぱり、どっちも高い悲鳴をあげた。

そしてロキがスカジの膝の中に崩れこんだ。すると彼女は笑った。こうして、アースたちの彼女に対する和解がなった。

 オージンはスカジに対する償いに、シャツィの目をとって空に投げ上げて、二つの星をこしらえたと語られている。」

するとエーギルが言った。「シャツィは強かったのですね。ですが、どんな血筋のものですか。」

ブラギは答える。「彼の父はオルヴァルディというが、もしもこいつのことを話してきかせたら、おまえは注目すべきことだと思うだろう。彼は黄金をすこぶるたくさんもっていた。

そして死んで、息子どもがいざ遺産を分けるというとき、分ける黄金のはかり方として、それぞれ自分の口いっぱい取り、みんな同じ回数取ることにした。

息子のひとりがシャツィで、二人目はイジ、三人目がガングだ。いま我われは黄金を、この巨人たちの口ばかり、という呼び方をするが、我われはそれをルーンや詩の中に、

この巨人たちのことばとか語とか勘定とか呼んで、隠しているのだ。」

 するとエーギルが言った。「それはルーンの中にうまく隠されていると思いますね。」




二、それからエーギルがさらに言った。「みなさんが詩と呼ぶ芸は、どこから来ているのですか。」

 ブラギは答える。「これのそもそもの始まりは、神々がヴァンと称する民と戦さをしていたことだ。

しかし和平会議を行なって、双方が一つの壺のところに行ってその中に自分の唾を吐くという方法で、休戦を協定した。

だが、その折別れぎわに神々はその講和のしるしを取り、それを朽ち果てさせたくないと考えて、これから男をこしらえた。それの名前はクヴァシルだ。

これはすこぶる賢くて、彼がその答に窮するような事柄をだれも訊くことが出来ないほどだ。

 クヴァシルは広く世界を旅してまわり、ひとびとに知識を教えた。そして彼がある侏儒ども、フィヤラルとガラルの宴会にやってきたとき、侏儒どもは内緒話をするために彼をおびき出して殺してしまい、

その血を二つの壺と一つの釜に流しこんだ。釜はオーズレリル、壺はソーンにボズンという名だ。連中は血に蜜を混ぜ、それから、飲む者はだれでも詩人や学者になる蜜酒ができたのだ。

侏儒どもはアースたちに、クヴァシルは、だれも彼に知識について尋ねることができるくらい賢くなかったので、知恵に窒息してしまったと話した。

 それからこの侏儒どもは、ギッリングという巨人とその女房を自分のところに招いた。

そのとき侏儒はギッリングに、いっしょに海に舟を出そうと誘った。ところが沖合にくると、侏儒どもは岩礁にのり上げて舟をひっくり返してしまった。

ギッリングは泳げないので死んでしまったが、侏儒の方は舟をもとに戻して陸に漕ぎもどった。連中は巨人の女房にこの出来事を知らせたが、女房は悲嘆にくれて泣き叫んだ。

そこでフィヤラルが女房に、亭主のなくなった場所で海を見たら気が軽くなるか、と訊いた。女房はそうしたがった。

侏儒は兄弟ガラルに、女房が出ていくとき戸の上にあがって、その頭に石臼を落とせと言い、自分は女の咆えるのに飽きあきしたと語った。それから弟は、言われたことをした。

 これをギッリングの甥(「息子」とする異本あり、次行の「父親の償い」を見よ―訳者注)スットゥングが聞くと、彼は侏儒どものところに出かけていって連中をとっつかまえ、海に連れて行って、

満潮時だけ水につかる岩礁に置いた。連中はスットゥングに命乞いをし、和解に父親の償いとして貴重な蜜酒を申し出て、これが彼らの和解となった。

スットゥングは蜜酒を持ち帰って、フニトビョルグという所に隠し、自分の娘グンロズをその見張りに立てる。

 このことから詩のことを、われわれはクヴァシルの血、侏儒どもの飲料や満腹分、オーズレリルやホズンやソーンの液体、

その蜜酒が侏儒どもを岩礁で命乞いさせたので、侏儒どもの舟、スットゥングの蜜酒、フニトビョルグの液体などと呼ぶのだ。」

 するとエーギルが言った。「これらの名で詩を呼ぶことは、私には判りにくいように思えます。ですが、アースたちはどのようにしてスットゥングの蜜酒を手に入れたのですか。」

 ブラギは答える。「それにはこういう話がある。オージンが旅に出て、九人の奴隷が乾し草刈りをしている所にやってきた。彼は奴隷どもに、自分に大鎌を研いでもらいたいかと訊いた。

奴隷どもはそうして欲しいと返事した。そこで彼は自分のベルトから砥石をとって研いだ。それから、奴隷どもには大鎌がはるかによく切れるように思えて、その砥石を買いたがった。

だがオージンは、買おうという者はそれ相応のものを払わなければならないと語った。ところが皆はそうすると言って、自分に売ってくれと頼んだ。彼は砥石を宙に投げ上げた。

そうして皆がつかみ取ろうとしたため、奴隷どもは代わるがわる大鎌で他の者の喉を切る羽目になってしまった。

 オージンは夜の宿を、スットゥングの兄妹でバウギという巨人のところに求めた。

バウギは、自分の財産管理は面倒なことになっていると話し、それから、自分の九人の奴隷がたがいに殺し合ったのだと語って、自分は働き手を見つけられるやら分からないといった。

オージンの方は巨人に、ボルヴェルクと名乗った。そして、バウギのために九人分の仕事をしようと申し出、報酬にスットゥングの蜜酒一口を要求した。

バウギは、自分はその蜜酒を自由にできないと言い、またスットゥングは一人占めしたがっていると語ったが、

ボルヴェルクといっしょに出かけていって蜜酒が手に入れられるかどうかやってみようとは言った。

 ボルヴェルクは夏にバウギのため九人分の仕事をし、冬になるとバウギに、自分の報酬を要求した。

そこで彼らは、ふたりしてスットゥングのところに出かけた。バウギは兄弟スットゥングに、自分とボルヴェルクの取引のことを語る。

だが、スットゥングはにべもなく、蜜酒一滴たりとてやることは断るのだった。

するとボルヴェルクはバウギに、ふたりが蜜酒を手に入れようとするならば、何か策をろうさなくては、といった。バウギは、それはよかろうといった。

それからボルヴェルクは、ラティという錐を取り出して、バウギに、錐が突き刺さるのならば岩に穴をあけろと言った。巨人は言われたことをした。

それからバウギは、岩に穴が突きあけられたと語った。そして、ボルヴェルクが錐の穴を吹いた。

すると石屑が彼にはね返ってくるのだった。このとき彼は、バウギが自分をだまそうとしているのを知り、岩を貫けと言った。バウギはまた穴をえぐった。

ボルヴェルクが二度目に吹くと、今度は石屑はむこうに吹き抜けた。

するとボルヴェルクは蛇の姿に変わり、錐の穴の中に這いりこんだ。これをバウギが錐で突こうとして外してしまった。

 ボルヴェルクは、グンロズのいる所までいって、これと三晩寝て、このとき彼女は、蜜酒を三口呑むことを許した。

最初に一口で彼はオーズレリルから、二口目でボズンから、そして三口目でソーンから残らず飲み、

こうして、すっかり蜜酒を手に入れた。それから鷲の姿に変わり、おそろしい速さで飛び去った。

 さて、スットゥングは鷲の飛んでいくのを見つけると、自分も鷲の姿になってそのあとを追っかけた。

しかし、アースたちはオージンが飛んでくるのを目にしたとき、庭に自分たちの壺をもち出した。

オージンはアースガルズの中に来ると、それらの壺に蜜酒を吐き出した。それでも、スットゥングがあわや摑えんとするまで迫ってきたために、蜜酒を少しこぼし、

そして、それは気にもかけられなかった。

これは欲しい者がだれでも手に入れ、これを我われは、へぼ詩人の取り分と呼んでいるのだ。だが、スットゥングの蜜酒をオージンはアースたちと、詩を作れる者らに与えた。

こうしたことのために我われは詩を、オージンの獲物とか発見物、オージンの飲料とか贈物、またアースの飲料と呼ぶのだ。」




三、ブラギはエーギルに、トールが巨人を退治するため東方路(アウストルヴェグ)に出かけたと語った。

しかし、オージンの方はスレイプニルにのってヨトゥンヘイムに出かけていき、フルングニルという巨人のもとにやってきた。

その時フルングニルが、黄金の冑をつけて天と海を駆けるのは一体何者かと尋ね、そいつはたいそう立派な馬を持っているなと言った。

オージンは、ヨトゥンヘイムにはこの馬と同じくらい立派な馬はいるはずもないことに自分の首を賭けてもいい、と答えた。

フルングニルは、それは立派な馬だが、自分にははるかに歩幅の大きな馬がいるといった。『それはグッルファクシって名前だ。』

フルングニルは立腹して、自分の馬に飛び乗り、オージンのあとを追いかけ、相手に大言壮語の仕返しをしてやろうと思うのだった。

オージンは、〔ずっと巨人との間に〕小山がひとつあったくらい速く駆ったが、


フルングニルの方は自分がアースガルズの門内に入り込んだのに気づかないほど激しい巨人の怒り(ヨトゥンモーズ)にかられていた。

 そして巨人が大広間の戸口にやってきたとき、アースたちは酒宴に招いた。彼は大広間に入っていき、自分に酒をくれといった。

すると、いつもトールが飲んでいた杯が取りだされ、その一杯々々をフルングニルは一息で呑みほした。

ところが、巨人は酔っぱらうと、大口に不自由しなかった――ヴァルホルをつまみ上げてヨトゥンヘイムに持ち去り、アースガルズを沈めて神々は皆殺しにし、

ただフレイヤとシヴは自分と一緒につれて帰るなどと語った。このときフレイヤが巨人に酌をし、やつはアースのビールを全部呑んでやると言い放った。

 だが、アースたちは巨人の大言壮語に飽きあきしたとき、トールの名を呼んだ。そのとたん、トールが大広間にやってきて、槌を宙にふり上げ、ひどく怒っていた。

そして、ひどく賢い巨人どもにそこで酒を飲ませるような勝手をしているのは誰か、フルングニルにヴァルホルにいる身の安全保証を与えたのは誰か、

なぜフレイヤがアースの宴でのように巨人に酌をしなきゃならないのか、と訊くのだった。

 するとフルングニルが返答をして、トールを厳しい目つきで見、オージンが自分を酒宴に招いて、彼から身の安全保証を与えられているのだと言った。

その時トールは、フルングニルはここを立ち去らないうちにその招待を後悔する羽目になる、と語った。

フルングニルは、素手の自分を殺すのはアーサトールにとって名声になどなりはしない、自分と国境いのグリョトトゥーナガルザルで闘う勇気がトールにあれば

尚いっそう大した胆だめしだ、と言い返した。『まったく馬鹿なことだったよ』と彼は言った。

『わしが盾と砥石を家に置いてきたのはな。だが、わしがここに自分の武器を持っておったら、今わしとおまえは決闘していたろうな。そうでなくて、もしもおまえがわしを素手のまま殺すつもりだったら、

わしはおまえの卑怯を責めてやるぞ。』

 トールは、それまで誰からも決闘を挑まれたことはなかったので、自分は申し込まれた果し合いに決して行きそこないはしないと思うのだった。

それからフルングニルは立ち去り、急ぎにいそいでヨトゥンヘイムに着いた。この旅と、トールとの間に果し合いの約束がされたことは、巨人どものもとでは甚だ有名になった。

巨人どもは、多くのことが、二人のどちらが勝利を得るかにかかっているように思った。

フルングニルは巨人の中でもっとも強かったので、もしもやつが負けることになったなら、巨人はトールから悪い目にあわされることしか当てにできなかったのだ。

 こうして巨人どもは、グリョトトゥーナガルザルで粘土から男をこしらえた。

男は背丈が九ロスト、わきの下の幅が三ロストあり、或る雌馬からとるまでは、この男に合うくらい大きな心臓を巨人どもは見つけられなかった。

ところが、それはトールが現れたときに、その男の体の中でしっかり落ち着いていなかった。

 フルングニルは有名な心臓をもっていた。それは固い石でできていて、その後<フルングニルの心臓>というルーン文字が作られたように、三つの角をもつ尖ったものだ。

やつの頭も、石でできていた。楯もまた石で、幅広で厚くて、この楯を、グリョトトゥーナガルザルでトールを待っていたときに、体の前に立てていた。また砥石を武器にして肩にのせ、

この有様は見られる恰好ではなかった。

巨人のわきには、モックルカールヴィという粘土巨人が経っていたが、ひどく怖がっていた。トールを見たら小便を洩らしたそうだ。

 トールは果し合いの場に出かけ、シャールヴィが一緒だった。その際、シャールヴィはフルングニルの立っている所に走り出ていって、巨人に言った。

『おい巨人、なんて不用心な立ち方をしてるんだ、楯を体の前になど立てて。トール様はおまえを見ておられて、地の中に入るぞ。そして下からおまえを目がけてこられるだろうぜ。』

 するとフルングニルは楯を足の下に敷いて上に乗り、砥石は両手に握っていた。このとき、稲妻が見え、大きな轟きが聞こえた。そして巨人は神怒(アースモーズ)にかられたトールを見た。

トールは巨人に突進していき、槌をふり回し、遠くからフルングニルめがけて投げつけた。フルングニルは両手で砥石を持ちあげ、槌へと投げつける。

砥石は宙で槌にぶっつかって、まっぷたつに割れた。

その一つが大地に落ちて、これから砥石山がみんな来ている。もう一つはトールの頭に当たって、彼は地面につんのめった。

そして槌ミョッルニルの方は、フルングニルの頭のまん中に命中して頭蓋骨を粉々に打ち砕いた。

それから巨人はトールの上につんのめって、脚がトールの首の上にのっかった。ところで、シャールヴィはモックルカールヴィと闘ったが、こいつは大した名誉もない倒れ方をした。

 それからシャールヴィはトールのそばに行って、フルングニルの脚を取りのけようとしたが、それはかなわなかった。

この時アースたちは全員、トールが倒れていると聞くと、出向いてきて、彼から脚を取りのけようとしたが、どうも出来なかった。

 その時、マグニがやってきた。これはトールとヤールンサクサの息子で、このとき生後三晩だった。

彼はトールからフルングニルの脚を投げとばして、こう語った。『おとうさん、ぼくがこんなに遅れて来たのは、面目もありません。この巨人に会っていたら、ぼくはげんこつで殴って殺していたでしょう。』

 それからトールは起ちあがって、息子を歓迎し、彼は大物になるだろうと言った。『そしておまえに』とトールは語った、『馬のグッルファクシをやろう』――この馬はフルングニルが持っていた。

その折オージンは語って、その名馬を女巨人の息子にやって、自分の父親に与えなかったことでトールは間違いをしでかしたと言った。

 トールはスルーズヴァングに帰り、そして砥石は彼の頭につき刺さったままだった。そのとき、勇士アウルヴァンディルの妻でグローアという巫女がやってきた。

彼女は、砥石がゆるみ出すまで、トールのために呪歌を唱えた。

ところがトールがそれに気づいて、砥石を取り去る見込みが出てきたと思ったとき、彼はグローアに手当ての例をして喜ばせようと、巫女に、

自分は北からエーリヴァーガルをかち渡って、北の方ヨトゥンヘイムから篭にいれてアウルヴァンディルを背負ってきたと話した。

その証拠に、彼の足指の一本が篭から突き出して凍ってしまったので、トールがもぎとって天に投げあげ、<アウルヴァンディルの足指>という星をこしらえた、と語った。

アウルヴァンディルがわが家に戻るまでそう長いことはないだろう、とトールは言った。だが、グローアはすっかり喜んでしまい、もう呪歌など忘れてしまった。そして砥石はそれ以上ゆるまず、

今でもトールの頭に刺さったままだ。そうすると砥石がトールの頭の中で動くから、用心のため、砥石を床の向こう側に投げることは禁じられているのだ。




四、するとエーギルが言った。「フルングニルは強い奴だったように思えます。トールは、巨人(トロル)と闘ったとき何かもっと大きな手柄をたてましたか。」

 ブラギは答える。「トールがゲイルレザルガルザルに行ったときのことは、大いに語る値打ちがあるだろう。そのとき槌のミョッルニルも力帯も鉄の手袋も持参しなかったが、それはロキのせいだ。

ある時のこと、ロキが慰みにフリッグの鷹の羽衣を着けて飛んでいたとき、こんなことが彼の身にふりかかったからだ。

ロキは好奇心から、ゲイルレザルガルザルに飛んで行って、そこで大きな館を見つけ、窓に止まってその内をのぞいた。

ところがゲイルレズが彼に目をとめて、その鳥を掴えて自分のところに持ってこいと命じた。使いの者は難儀して館の壁をのぼった。それくらい壁は高かったのだ。

使いの者が四苦八苦して自分の方にやってくるのが、ロキは面白くて、男が厄介な上りをすっかりやってしまわないうちは飛び上がらないことにした。そして男が自分の方にやってきたとき、

彼は翼をひろげ、脚をつっぱるのだが、脚はびくとも動かない。そこでロキは摑えられて、巨人ゲイルレズの所に連れていかれた。巨人は鳥の目を見ると、これは人間ではなかろうかと疑って、

返答するように言ったが、ロキは黙っていた。するとゲイルレズはロキを櫃の中に閉じこめ、その中で三か月の間飢えさせた。

そして、ゲイルレズが彼をひき出して放せと言ったとき、ロキは自分が誰であるかを語り、

身の代として、自分が槌も力帯も持たせないでトールをゲイルレザルガルザルに連れてくると、ゲイルレズに誓った。

 トールは宿をとるために、グリーズという女巨人の所にやってきた。これは、沈黙神ヴィーザルの母だ。

彼女はトールに、ゲイルレズについて本当のこと、ひどく賢い巨人で手ごわい相手であることを教えた。

そしてトールに、自分のもっている力帯と鉄の手袋を、それからグリーズの棒という自分の杖を貸した。

 そうしてトールは、川の中でも極大のヴィムルという川までやってきた。そこで彼は力帯を身に締め、グリーズの棒に身を支え、流れに向かってふんばった。

そして、その力帯にはロキがつかまっていた。それからトールが川のまん中まで来ると、川水はひどくかさを増して、トールの肩までかかった。その時トールはこう言った――

『いや増すなかれ、ヴィムルよ、

ゆくりなくおまえをかち渡り

巨人の屋敷をめざすため。

もしもおまえがいや増せば、

さすればこの神力も天と並ぶ高さまで

いや増すことを知りおるや!』

 そのときトールはある岩山の峡谷に、ゲイルレズの娘ギャールプがいて川の両岸に左右の足を置いているのを見た。そして、これが川の増水をひき起こしていたのだ。

そこでトールは川から大石を拾いあげ、彼女に投げつけてこう言った。『川は水源でせき止められなくてはな。』

 そして、狙いをつけた所を外さなかった。その瞬間、トールは岸に達し、或るナナカマドを摑み、こうして川から上った。このために、ナナカマドはトールの救い、という言い回しが生まれているのだ。

 さて、トールがゲイルレズのところにやってくると、トールと音もはまず宿として山羊小屋に連れていかれたが、そこには坐るのに椅子が一つあって、それにトールが腰かけた。

するとトールは、椅子が自分をのせて天井へ持ちあがるのに、気づいた。そして、グリーズの棒を垂木に押したて、我が身をしっかりと椅子に沈めた。すると、大きな轟音がし、つづいて悲鳴が起こった。

椅子の下にゲイルレズの娘、ギャールプとグレイプがいて、この二人の背中をトールは折ってしまったのだ。

 それからゲイルレズは、腕くらべのためにトールを館の中に呼び入れさせた。そこでは、館の端から端まで大きなかがり火が燃えていた。そしてトールが館に入ってゲイルレズの面前に立つと、

ゲイルレズは火箸で灼熱の鉄棒をとってトールに投げつけた。だが、トールは鉄の手袋で受けとめて、棒を宙に上げる。ゲイルレズの方は身を守ろうと、鉄の柱のかげに逃げこんだ。

トールは棒を投げつけて、柱を、それからゲイルレズを、そして壁を貫き通し、棒は外にとび出して地面に突きささった。」




五、「金はどうして、シヴの髪と呼ばれているのですか。」

「ラウヴェイの子ロキが悪さをして、シヴの髪の毛をすっかり刈りとったことがあった。そしてトールがこれに気づくと、ロキを捕え、ロキがこう誓うまでは体の骨をみんな打ち砕きかねなかった――

シヴのために黒妖精に他の髪みたいに伸びる神を金で作るようにさせること。そのあとロキはイーヴァルディの息子という侏儒どものところに行って、侏儒はその神とスキーズブラズニル、

それにオージンが所有するグングニルという槍をこしらえた。

 その折ロキは、ブロックという侏儒と、こいつの兄弟エイトリがこれと同じに立派な宝物三つこしらえられるかということに、自分の頭を賭けた。

そして彼らが鍛冶場にいくと、エイトリは炉に豚の皮を入れ、ブロックに、ふいごで風を送って自分が炉から中に入れたものをとり出すまでは止めるなと言いつけた。ところが、彼が鍛冶場を出て、

兄弟が風を送るや、とたんに一匹のはえが彼の手に止まって刺した。だが侏儒は前どおりに、鍛冶が最後に炉からとり出すまで、風を送った。できたものは雄豚で、その剛毛は金でできていた。

 次に鍛冶は炉に金を入れ、兄弟に、風を送って自分が戻ってくるまで送風を止めるなと言いつけた。

そして彼は出ていった。すると、あのはえが来て侏儒の首に止まって、前より倍も強く刺した。だが彼は、鍛冶がドラウプニルという腕輪をとり出すまで、風を送っていた。

 それから鍛冶は炉に鉄を入れて、兄弟に風を送れと言いつけ、もしも送風が止まったら駄目になるだろうと言った。今度ははえが侏儒の両目の間に止まって、まぶたを刺した。

そして血が流れて目に入って何も見えなくなったとき、彼はほんの一時手をはなし、その間ふいごが止まり、彼ははえを追い払った。

そしてこの時、鍛冶が戻って来て、炉の中にある物はもう少しで全部駄目になるところだったと語った。それから彼は炉から槌をとり出して、そして兄弟のブロックに宝物をみんな渡して、

アースガルズに持っていって賭けのけりをつけてこいと言いつけた。

 さて、ロキと侏儒が宝物を差しだしたとき、アースたちは裁きの席に着き、オージンとトールとフレイが下した決定は変えられないものとされた。

このときロキは、オージンには槍グングニルを、トールにはシヴがつけるはずの髪を、フレイにはスキーズブラズニルを渡して、宝物みんなの説明をした――的に当たって決してそのまま止まっていない、

また髪はシヴの頭にのせられたとたん肉に付きはえる、そしてスキーズブラズニルはどこへ向かおうとも帆があげられるや追い風を受けるが、

もしそうしたければ布切れのように折りたたんで自分の隠しにしまっておくこともできる。

 それから、ブロックが自分の宝物を差しだした。彼はオージンには腕輪を渡して、これからは九夜ごとにこれと同じ重さの腕輪が八つ滴り出るだろうと語った。

またフレイには雄豚を渡して、これは空と海を夜も昼もどんな馬よりもよく走れるし、これが行くところは夜も昼も十分に明るくないというほどに暗くなることは絶対ないと語った。その剛毛はそんなに光ったのだ。

それからトールに槌を渡して、トールは邪魔になるものは何でも思う存分強く打つことができる、槌はこわれはしない、そして槌を投げたら決して失くしはしない、それが手に戻ってこれないくらい遠くに飛ぶことも決してない、

また望むならば自分の肌着の中にしまっておけるほど小さくなれる、と語った。それでも、柄がかなり短いという欠点があった。

槌が宝物みんなの中で最良で、これは霜の巨人どもに対して最大の防備だというのがアースたちの裁きで、アースたちは侏儒が賭けた物を手に入れることに決めた。

 するとロキは、自分の頭を購いたいと申し出た。ところが侏儒は、それは当てにできないことだと語った。

 『それなら、わしを摑まえてみろ』とロキが言った。そして侏儒が摑えようとすると、ロキははるか遠くにいるのだった。ロキは、空も海も走れる靴を持っていた。

このとき、侏儒はトールに彼を摑えてくれるように頼み、彼もそうした。そして侏儒がロキの頭を切り落とそうとした。だがロキは、相手は自分の頭には権利があるが、首はそうじゃないと言った。

すると侏儒は皮紐と小刀をとって、ロキの唇に穴をあけて口を縫い合わせようとした。

だが小刀は突きたたなかった。そこで彼は、自分の兄弟の突き錐がここにあったらいいのに、と言った。錐のことを口にするやいなや、錐はそこにあった。

これは唇を突き刺した。侏儒は唇を縫い合わせ、ロキは穴から(皮紐を)もぎ取った。ロキの口が縫い合わせられた皮紐は、ヴァルタリという。