村正(初代)

「村正 本濃州赤坂左兵衛兼村子、千子と云、又彦四郎とも云、法名妙台と云、桑名の住人也。

文亀頃なるも有、同銘三代、此作どもと平安城吉長・吉則・長吉・島田義助等大方似たる時代也。

『如手引之抄』伊勢の部より


「村正初代は法名妙台といふ、或相模国正宗弟子といふ(中略)三代同銘、二代目は多分皆焼にて相州正広、

初代冬広、島田にも似たり、三代目勢州桑名住村正と切、四代目は正重と銘す」

鎌田魚妙『本朝鍛治考』寛政八年刊


「村正(初代)応仁の頃、妙台と号す」 『三浦伯玄正秀伝書』(三浦伯玄=本阿弥光伯)承応三年年紀




   特徴  活躍年代(推定)  作刀
 村正(初代) いずれの記録にも「妙台」という法名を持っていたと書かれている。現在残る刀の年紀より四十年前に法名を持っていたという記述・菩提寺(仏眼寺)の墓碑に「陰音妙台」と記されていたという記録から元々僧侶であったと考えられる。
晩年に作成と推定される「妙法村正」に妙法蓮華経の銘と日蓮の命日が彫られている点から考えると日蓮宗の僧侶・兼刀派村正の始祖として生涯を送ったか。
 
応仁の頃に出家

現在確認できる最古の村正に残る年紀は文亀元年
最晩年の作と考えられる妙法村正の年紀は永正十年 
(準備中) 
村正(二代)   (準備中)  (準備中)   (準備中)  
 村正(三代)  (準備中)  (準備中)   (準備中)  
村正(四代)  (準備中)    (準備中)  (準備中)  



参考文献『伊勢の刀工』 昭和三十八年五月十八日発行 財団法人日本美術刀剣保存協会三重県支部