黒朱の刻 〜星、一つ〜 |
女は、その白い面に何ら表情を浮かべず、刃を振るう。 二振りのいにしえの造りの剣を手に、女は舞う。 今、女の目の前には獲物がいる。 女の主、女の操り手に、捕らえよと命じられた男。 女はその色の違う双眸に、 血のように紅い瞳と、凍えた水のように青い瞳に、 男を、半陽の主として生まれたその男を映し出し、ただひたすらに追っている。 彼女の操り手に差し出す、ただそのためにのみ。 「けったくそ悪ィ」 覇王丸は小さく呟いた。 女に誘い込まれ、落とされたこの地の下では、 そのごく小さな呟きも周囲に反響する。 得体の知れぬ女ではあるが、ただひとつ、覇王丸は認めていた。 女の剣の冴え、その腕前が天賦のものであることを。 腕に力はないが、時としてそれを凌駕する鋭さを生み出すほどの 並外れた疾さを持ち合わせている。 気を抜いて立ち向かえるような相手ではないことは歴然としていた。 愛刀河豚毒を今一度構える覇王丸。 女が迅る。 「はっ」 一声と共に、身を低めた女は手にした双つの剣を構え 覇王丸に挑む。 足を狙った一撃に、 「ちっ」 左足を引き、覇王丸は刀を下から薙ぎ払った。 女が飛び退き、そのしなやかな肢体が宙を舞い、 女は屹立する岩の先に降り立ち、覇王丸を見下ろす。 紅い瞳と蒼い瞳。 二つの瞳は、まさしく玉のようだった。 そこに命の光は無い。 なぜならその瞳の中には、 精気と呼べる光がまったく見当たらない。 冷ややかに覇王丸を見下ろす女の、赤い唇が動く。 「お前は私と交わるべく選ばれた」 「あぁ?」 女の色が異なる双眸に、無機質な光が宿り覇王丸を捕らえる。 「私の手に落ち、我が主に従う以外の道は無い」 冷たい声には如何なる感情の響きもない。 「悪いがな」 覇王丸の頬に苦笑いが浮かぶ。 「俺はひとりで気侭にやるのが性にあってんだ」 女は飛ぶ。 二つの白刃の閃きが、上空から襲い掛かった。 下から力を込めて撥ね退ける。 再び跳躍し、距離を離してひらりと舞い降りた女は姿勢を低め、覇王丸へと走り込んで来る。 「やっ」 低く声を発し、女の手に握られた二振りの刃が剣光を煌かせ舞う。 身を引いた覇王丸は、刀を地面から上へ薙ぎ払う。 その凄まじい勢いが巻き起こした剣風が、女の足を止める。 「くっ」 女は声を洩らす。そこにはほんの僅かな焦りがに篭っていたが、その白い面には感情の色はまるで見えない。 (さっさとケリをつけてぇところだが、どうにも手立てが思いつかねえな) 覇王丸は、河豚毒の柄を今一度握り締めた。 |