蒼昊之征人
〜A Traveler of the Blue Sky〜

テーマ

愛されたくて 嫌われる人よ

愛されたくて 嫌われる人よ

小さなベランダの 小さな植木鉢に 優しく語る

今日のおかずと 家族の笑顔に 幸せを感じる

愛されたくて とらわれの人よ


上田現 コリアンドル 7.迷宮入り より




鴎の声。

波の音。

海は青く、空の蒼も柔らかい。

平和だった。

少なくとも、

牢人街と呼ばれた流刑の小島、

今現在は専ら”離天京”の所在地として知られるこの島の、

唯一の入り口であるここ伍苦門は、今日は平和だった。

「ふわあ〜〜〜・・・・・・ぁ〜ぁ・・・・・・。」

鈴木一郎は直槍を肩に持たせかけ、欠伸する。

細い目に涙が滲んだのを、眼鏡をずり上げ拭い取る。

「こらこら。職務怠慢だよ、鈴木君。」

門の左側に立つ同僚、山田が声をかけてきた。

「ああ、ごめん。今の左門様には内密にね、山田君。」

と、鈴木は槍を持たない手を立てて、拝むような形で山田に示し首をすくめてみせる。

「でも、まぁ気持ちはわかるよ。今日は珍しく平和だもんねぇ。」と、山田が言う。

「そうだねぇ。牢人街にいるのでなかったら、もっと平和なんだろうけどねぇ。」

「・・・・・・だよねぇ。」

山田が答え、二人はどちらからともなく青空を見上げる。

今は当番制の、門番の仕事の時間。

ここ伍苦門に勤務する侍たちの、果たすべき役目の一つだった。

「いつまでここにいなくちゃならないのかなぁ・・・・・・。」

鈴木一郎の呟きに、山田が再び顔を向ける。

「あまり考えない方がいいと思うよ、鈴木君。辛くなるだけだから。」

「うん・・・・・・それはわかってるんだけどね。」

住み慣れた江戸の町とも、家族とも離れて、離れ小島の牢人街に赴任してきて早一年。

次に妻や子供たちの顔を見られるのは、いつのことになるのだろうか。

「はぁぁ〜。」

つい、大きなため息が漏れた。

「・・・・・・帰りたいなぁ〜。」

山田に聞こえないように小さく呟いた鈴木の眼鏡に、

水平線からやって来る、一艘の船が映っていた。


船が港に入りしばらく経った頃。

鈴木と山田の同僚である本田と渡辺が直槍を構え、

一人の青年を真中に挟み、二人の守る門へと近づいてくるのが見えた。

本田と渡辺は当然見慣れているが、

彼らに挟まれて歩いてくる青年は、

これが初見であるのを差し引いても、物静かな佇まいに反して非常に目を引いた。

逆立った髪の毛が、青年の涼しげな目元と端正な顔立ちの上にそびえているようだった。

鈴木は細い目を瞬いて、

仲間達と青年が通り過ぎるのを見送っていた。



平凡な単身赴任の”お侍”、鈴木一郎の生涯最大の冒険は、

当人の望みに関わりなく、この時始まったのだった。



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