神の瞳の降臨 起 5


二人の女楽士・・・・・・幾つなのかはっきりとわからない年長の女はテルモティス、

ミウと殆ど年の違わぬ少女はハト
=メヒトと言った・・・・・・はすぐには都に向かわず、

セパトの一つ一つを渡って歩いた。

最初の一年はロバを借り受け、村や町を渡り歩き、道端で楽を奏でた。時には祭りで奏でることもあった。

タウイは国土全域に渡り、神々を崇めるための祭りが多い国であり、

中でもそれぞれのセパトの中心区・州都で行われる祭りは規模も盛大で、セパトを治める州候が主宰し、

顔を出していた。

そうした祭りで、村を出て最初にミウが遭遇したのは、ネヘンの州都における

“実りのメトイエル”に奉げるものだった。

 

メトイエルは、タウイで信仰される女神の名である。

空を行く円盤の中の神・ラーと、地の中の根の国を治めるオシリスの間、

すなわちこの大地にあって人々に恵みをもたらす女神であり、人々を幸せにするために、

常に休むことなく国中を巡っていると言う。

“実りのメトイエル”のことを、ミウの村では“ウェネトさま”と呼んでいた。

 

「これはウェネトさまのためのお祭りなんだ!」

ミウは気分が高揚するのを感じながら、ハト=メヒトに話し掛ける。

少女は僅かな笑みを唇に浮かべて、こっくりとうなずいた。

彼女、ハトは感情の動きの少ない娘だったが、年の近いこともあってか、ミウは親しみを感じていた。

というより、年長者のテルモティスは、ミウにとってはよそよそしく近づきがたい存在だったのだ。

 

彼女、テルモと呼び習わされる女は、自分から口を開くことは殆どなかった。

共に旅するようになってから、ミウはテルモの元で歌や楽に関するさまざまなことを学んだ。

テルモは容赦の無い教師であった。

何度手をあげられたかしれない。

ミウが恐ろしく思ったのは、彼女をぶつ時にも女の顔がまるで変わらないことだった。

手をあげられた事が何度かあった母とは、テルモはまるで違った種類の女だということがわかった。

「もう一度」

抑揚のない声で繰り返されるのが、なお怖い。

そんな叱責を受けながらミウは、楽の音に合わせて身振りと共に歌うことを教わった。

ミウの立場からすれば、それは教わるというよりも強要に近かったのだが。

ミウが、テルモが満足する節と身振りを取れるようになるまで、幾度も幾度も、

数えることさえできないようになるまで繰り返される。

気の遠くなりかけたことが、何度もあった。

二人に隠れて泣いたことも、何度かあった。

泣く姿を見られたくなかったミウだが、ふと気づくと年の近い少女、ハト=メヒトが側にいて、

何も言わずに彼女の背を撫で下ろす時があった。

それはミウをほっとさせ、安らいだ気持ちにさせることだった。

だからミウは、テルモよりもハトの方が好きだった。

 

「ウェネトさまは、ウサギの女神さまなんだよね。」

「このメヘンの守り神でもあるんでしょう。」

「あたし、ウェネトさまの祭りを見たの初めてだ! すごく人が多いんだね!」

「このお祭りには、ウェネトそのものが顔を出すはずよ。」

「え?」

ミウはとなりの少女を注視した。

「州都のお祭りは、だいたいそうだから。」

微笑みながらハトが、言葉を返してくる。

 

その時、踊りが始まった。

踊り子の娘たちが手に穂を持ち、同じ動きで同じ方向にくるくると回るのを、

ミウは食い入るように見つめる。

楽士たちが、縦笛や横笛を奏でる。また踊りに合わせて、太鼓を鳴らす者もあった。

ううん、あれは踊りが太鼓に合わせて・・・・・・ううん、太鼓の音が踊りを導いているんだ。

楽の音は、万物を従わせる力を持つもの。

何故なら、楽は神からやって来たものだから。

彼女の師である楽師、テルモはそうミウに教えた。

 

祭りに集う人々が、歓呼の声をあげる。

ミウが顔を向けると、人々の頭の向こうにさほど高くはない櫓が設えられているのが見え、

そこに到着した二人の人物が見えた。

1人の、禿頭で少々肥えている男と、後ろに付き従う少女。少女の腕には1匹のウサギが抱かれていた。

 

二人が櫓に設えられた椅子に腰掛けたのを合図に、歌が始まった。

それは手拍子と共に歌う、男の歌い手の一団だった。

 

 

ウサギたちはかつて イアルの野に住んでいた

 

オシリスはイアルを耕し 豊かに実らせた

 

娘のウサギたちは 熱心にオシリスを手伝った それは娘のウサギたちの喜びだった

 

息子のウサギたちは 手伝いをしなかった 息子のウサギたちは 働くのが嫌だった

 

娘のウサギたちが オシリスばかりかまうのが嫌だった

 

息子のウサギたちは オシリスの仕事を邪魔した

 

やがて息子のウサギたちは ゲブの王国の王となったオシリスに追い出され

 

辺境の蛇の野に住むほかなくなった

 

息子のウサギたちは今や悪霊 オシリスの元に向かう 良き人々の旅路を妨げ

 

娘のウサギたちは今もイアルの野で オシリスのために耕し 嬉しげに歌う

 

娘のウサギたちを 率いるはウェネトさま 実りのメトイエルの移し身

 

 

歌に聞き入り、自然に体を揺らしていたミウに、隣にいたハトが話しかける。

「ミウは、メトイエルの最初の姿のことを知ってる?」

「え? ううん。最初の姿って、どういうこと?」

「女神メトイエルは7人いる、と言われてるでしょう。最初は一人だったの。

彼女は一人で、空を行くラー神と根の国の神オシリスを世界に連れて来たの。」

「どうやって?」

ミウはすっかり、ハトの話に引き込まれていた。最初に女神様は一人だけだったって、どういうことだろう?

ハトは語り始めた。

 

「世界が生まれる前にあったのは、どこまでも広がる果ても底もない原初の水・ヌンだけだった。

ラーはヌンに沈み込み、自分で出てくることが出来なかった。

原初の水ヌンには、ラーと同じように原初の丘が沈んでいた。

そこが、世界の礎になるべき場所。

オシリスは、原初の丘の主となることを定められながら、原初の水から出られず眠り続けて、主になれないでいた。」

「ねぇ、ハト。誰がそのことを決めてたの?」語りに割り込んだミウは無邪気に尋ねる。

ハトは、ミウを見て微笑んだ。

「ないしょよ。」

「内緒なの? ホントはハト、知らないんじゃないの?」

「ミウ。“世界を成り立たせている物事”、ってね。いくつかは秘密にしておかなくちゃいけないの。」

「そうなの?」

「それでね。メトイエルは原初の水から、ラーとオシリスを出してあげようと思ったの。

メトイエルは、大きな大きな牝牛になった。

角の間に、卵の殻にくるまったラーを挟んで、彼女は原初の水から飛び出した。

ラーの卵はメトイエルの角を離れて、天空の貴婦人であるヌートに受け止められた。

そして、ヌートが治める天空がラーの住み処になったのよ。」

「ふうん・・・・・・。オシリスの神様はどうしたの?」

「メトイエルはラーを天空に上げたあと、原初の水ヌンに退くよう命じた。

ヌンは原初の丘の周りに後退し、大いなる緑となった。

メトイエルは、オシリスを起こそうとしたんだけど、眠るオシリスを大地の神ゲブが放そうとしなかったの。

メトイエルは、ゲブを諭すためにまず、“運命(さだめ)のメトイエル”へと変身したのよ。」

 

「ねぇ、ハト。大地の神様は、どうしてオシリスの神様を放したがらなかったの?」

「ゲブは、世界が作られるまではいつも天の女神のヌートと一緒だった。

二人が分かれることで、天空と大地も別れた。

ゲブは一人ぼっちになって寂しかったから、自分の近い所にいたオシリスを放したくないって思ったのね。」

 

一人ぼっちになったら寂しい?

神様でもそう思うものなんだろうか。

ミウは、ハトが語る話の中の大地の神を不思議に思い、そして思った。

神様も、あたしと同じようなところがあるのかなぁ。


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