光の巨人
C.M.B. 森羅博物館の事件目録



今回は、月刊少年マガジン掲載『C.M.B. 森羅博物館の事件目録』第38巻収録の「光の巨人」を取り上げてみます。

ぶっちゃけいきなりこの巻から読んだのですが(^^;)冒頭の主要キャラクター紹介を参考にしますと(青文字は原本より)



榊 森羅(さかき しんら) タイトルになっている『森羅博物館』の館長とのことですが、見た目の印象は10代後半くらいでしょうか。

同じくタイトルになっている「C.M.B.」は彼が所有する知の象徴である3つの指輪だそうです。

"広範な知識と卓越した洞察力を持つ反面、一般常識にはかなり疎い。"とのこと。




七瀬 立樹(ななせ たつき) 多分『森羅博物館』及び森羅のアシスタント的な存在の女子高校生。

"情にモロいが仁義に厚い、イマドキいないタイプの元気印系"で、その本性を隠し"超名門・私立明友高校"に通っているとか。




この二人が様々な依頼や事件を解決していくスタイルらしい『C.M.B. 森羅博物館の事件目録』第38巻の殆どを占める「光の巨人」は、

日本にほぼいない写真家を父に持つ中学2年生・友永亮太が、父の送ってきた方解石をきっかけに、

キリスト教最大の謎とされる「聖杯」を狙うネオナチに追われて森羅たちに助けを求め、

彼らは「聖杯」の謎を解明し、亮太の父を探すため極北の島・アイスランドに向かう―――というストーリー。



現代の日本とアイスランドを中心に展開する冒険譚と交互に織りなされるのが、その800年前―――

中世アイスランドの大詩人にしてゴジ(政治家)―――北欧神話を『新エッダ』(または散文のエッダ・スノッリのエッダとも呼ばれる)にまとめて残した男、

スノッリ=ストゥルルソンの物語です。





今回のレビューは、スノッリのパートを中心に紹介していこうと思います。
つまり画像もヒゲおじさんのばっかりになってますが、まぁご覧ください(^^;)



「光の巨人」の物語は、1218年(この漫画が雑誌掲載された2018年の、丁度800年前になるんですね)にスノッリが子分のオルンを引き連れて、

ノルウェーを目指し航海しているシーンから始まります。

目的は当時のノルウェー国王・ホーコン4世に取り入って後ろ盾になってもらい、アイスランドでの政治力を高めるため。

しかし貢ぎ物をほぼ持っていかない事を心配するオルンに対し、スノッリは「逆に金をもらうことになるぜ!」と強気の発言。

「?」となっている男が子分のオルン。



ノルウェーの宮殿に着いたスノッリは、国王夫妻や廷臣たちの前で王妃を讃える詩を詠んで大いに賛辞を受け、御馳走と報酬をゲット。

(当時王侯にとって、有名な詩人から詩を捧げられることは大きな名誉だったそうです)

彼はオルンに対し、ノルウェーにいる間にできるだけ現地の伝承を集めてくるよう命じます。

了解したオルンは、「そういえば聞きましたか?」と、スノッリに"「聖杯」の噂"を語りました。





イエス・キリストが最後の晩餐でワインを飲むのに使い、その処刑に際して血を受け止めるのに使われたという伝説を持ち、万病を治す力があると言われる「聖杯」

「そんな聖遺物どこの教会でも持ってるだろ」と、とっても現実的な発言をするスノッリですが、

オルンは"ローマ教皇(インノケンティウス3世)が十字軍を派遣したんですから"本物です! と主張。

本来、聖地エルサレムをイスラム教徒から奪還するため派遣された十字軍が、異端であっても同じキリスト教徒である筈のアルヴィジョワ派に対して派遣されたのは何故か。

オルンはアルヴィジョワ派が襲われたのは、隠し持っていた「聖杯」が原因ではないか、という話をスノッリに語りますが、

スノッリは「くだらねぇ そんな噂話に振り回されるほど暇じゃねぇよ」と一刀両断。

アルヴィジョワ十字軍が派遣されたのは1209年(アルヴィジョワ派が殲滅されたのは1229年)で、スノッリの活躍時期とはちょうど重なっていた事になるんですね。




スノッリのおじさんの、現実的でドライで、かつ俗物なところは結構好感が持てまして(笑)

アルヴィジョワ派はこの世は悪と考えている故に禁欲的な生活をしている、との説明の後

オルンが言った「スノッリ様には考えられない生活ですが」の言葉に





と、のほほんとした表情で答えたり、

「聖杯」があればノルウェーに頼らずアイスランドを統治できますよ、と言われて「斧をふり回す連中にそんな寝言が通じるか!」と返したり。

当時のアイスランドは、必要な事を国民が集まる全島会議で決定する、という中世には稀な民主主義的社会ではありましたが、

同時に警察権力に該当するものがない、力が全ての無法地帯でもありましたからねー。




その後アイスランドに帰国したスノッリは、オルンいわく「島一番の金持ちの後家さんと結婚して」「今や誰もがうらやむアイスランド一の権力者」に上り詰めましたが

新婚生活を楽しみつつ、相変わらずオルンに島に残る民間伝承などを集めさせていました。

"ゲルマン民族の血の源流"である著作の『エッダ』はもうすぐ完成するところまで漕ぎつけていましたが、

一方でスノッリは数年前にノルウェー国王・ホーコン4世と交わした"約束"を無視し続け、当然ホーコン4世は怒り狂っていました。

しかしスノッリはその件について本腰を入れてなんとかしよう、という気はまるでないようです。

まぁ、ホーコン4世の後ろ盾を得る条件はアイスランドを差し出す事。つまりはノルウェーの属国になるわけで、自由を貴ぶアイスランド国民が納得するわけはなく、

どちらを取ろうがスノッリの立場が苦しいことは間違いないのですが。




このシーンにおける、私の思うスノッリのおじさん最高の名セリフ。


「金も記憶も全て消えるが 文字は残る!」


作中で森羅も言っていますが、スノッリが『エッダ』をまとめていてくれなかったら、現在の世界に北欧神話は断片しか残っていなかったかもしれない……と思うと、

本当に感慨深い言葉です。



スノッリの家から帰宅するオルンは、「ああ……わからない。神よ、何故あの業突く張りに崇高な使命を与えたもうたのか!?」と述懐します。

直後、彼は風邪をこじらせて寝込み、自宅を訪ねてきたスノッリは「病気が治る」と木の杯を差し出しました。




翌朝、風邪をすっきりと回復させたオルンは、ひょっとしてスノッリに差し出されたのは「聖杯」ではないか? と疑います。





さらにその後。

『エッダ』は無事に完成を見たものの、ホーコン4世はついに堪忍袋の緒が切れて別の人間の後ろ盾になり、スノッリの暗殺を命じました。

ストゥルラという男で、スノッリの実の甥(資料を見ると、おそらく兄の息子)に当たります。

ストゥルラの配下数名(斥候)がスノッリたちに襲い掛かり、無法地帯的な中世アイスランドの頂点にまで上り詰めた男であるスノッリは残らず返り討ちにはしましたが

続いてやって来るであろう本隊を避けるため、妻を実家に戻してオルンと共に家から逃亡しました。

そしてアイスランドにいられなくなったスノッリは、オルンを引っ張って驚天動地の行動に出ます。

なんと暗殺の指令を出した張本人であるホーコン4世が治めるノルウェーへと、数年ぶりの航海に出たのです。その真意は如何に……?


オルンの懸念通り、ノルウェーに着いたスノッリは捕らえられ死刑場へ引き出されますが

処刑を寸前で止めたのは、ホーコン4世その人でした。

これまで散々不実な行為をしてきた相手である国王を前にして、スノッリは言い放ちます。





怒ったホーコン4世でしたが、かざした剣を振り下ろす事はせず、兵士たちに彼を放すよう命じました。

処刑は免れたもののスノッリとオルンは幽閉され、ホーコン4世は「二度とノルウェーを出ることは許さん!」と厳命。

外出は出来ないとはいえ待遇はまあまあで、オルンはこのままノルウェーに骨を埋めるのも悪くないのではと提案しますが、

なんとスノッリは「俺の死に場所はアイスランドだ!」と断言し、帰国の算段をしているようです。そんな夢物語、と呆れるオルンですが

スノッリの同行者が、アイスランドの密偵からの甥のストゥルラが死んだ、という知らせを齎してきました。



わけのわからないオルンでしたが、スノッリは呆れ顔でこう聞きます。

「あのな 王様ってのはなんであんな面倒な儀式をやって 冠をかぶってると思う?」

威張りたいから? と言ってきたオルンに対し、「ありゃ殺されないようにかぶるんだよ」と答えるスノッリ。


つまり、力で王位を奪って支配者になった者は、同じように力づくで王位を奪われ殺害される危険を、如何なる時も背負い込むことになります。

そうならないよう、自分自身を特別な存在・大きな存在と見せる=権威を持たせる行為が王冠や戴冠式や選挙である、とスノッリは語ります。

甥のストゥルラはその権威を持っていなかったばかりに、アイスランドトップの座を狙う他の豪族のため命を落とすことになりました。

(資料によるとこの時、ストゥルラの父・つまりスノッリの兄であるシグヴァトも戦死したとあります。

しかしサガなどを読んでみると、この頃のアイスランドでは日常茶飯事という印象……。)

「オレを追い出しただけで済むと思ったのがマヌケなとこさ」

と、ニヤリと笑いながら言うスノッリの老獪さと、政敵であるからにはそういう気持ちはないのでしょうが、

近い肉親が殺し合う敵になっているという、権力にいつでもついて回る虚しさも感じちゃったりします。



というわけで、「好機到来だ!」とスノッリはアイスランドに戻る事を宣言。その場で抜け出す準備を始めます。

「あなたはなんでそうメチャクチャなんだ!」と怒るオルンは、内心で再び神様に問いかけました。

「神よ! 何故です! なぜあんな男に古代ゲルマンの神々を讃える力をお与えになったんです!?」

しかしオルン一人残っても間違いなく殺されるだけなんで、そうスノッリに言われた彼は「こうなりゃ地獄まで付き合いますよ!」と開き直ってスノッリに続きました。




玉座に掛けたホーコン4世に廷臣が進言します。アイスランドで再び権力の座に収まったスノッリは陛下のご意向に背き約束を果たさない。

代償に命を取り上げるしかないと。





気のない様子で聞いていたホーコン4世は述懐します。「なぜ余はあの野蛮人を殺す気になれんのだ」と。

それでも王は決心し、スノッリ殺害の命を下しました。




「光の巨人」のスノッリの物語の結びは、王の差し向けた暗殺団により致命傷を受けたスノッリがオルンの馬の背で最期を迎えるシーンです。

神々の歴史も書き終えたしこの辺が潮時だな、と言うスノッリに「物語でしょ?」と返すオルンは、次のスノッリの言葉に開眼しました。



北欧の地を治めた王であったオーディン、トールもジークフリート(シグルズ)も英雄として戦い、皆ラグナロクによって消え去っただけだ。全て事実だと。



神々の戦いが本当にあったことだと心から信じているスノッリだからこそ、『エッダ』を書き上げることが出来たのだと知ったオルンは、

「空を見ろ 見えるだろ 天翔ける神々の雄姿が」とのスノッリの最期の言葉に「はい! 見えます!」と泣きながら答えました。

これが苦楽を共にした二人の最後の会話になりました。

1241年、最初にノルウェーを訪れてから23年後にスノッリは死にました。そしてホーコン4世は、その知らせに涙したと言います。



スノッリの最後の台詞で、オーディンが「北欧の地を治めた王」と言われていますが、

これは(史実の)スノッリの著作には『エッダ』の他に北欧王朝史である『ヘイムスクリングラ』があり、

そちらでのオーディンは人間化されて、実際に王であると書かれていることを連想しました。



史実の方でも、ノルウェー王ホーコン4世はスノッリに煮え湯を飲まされながらもなおも彼を手元に置こうとしたようです。

それは権力と財産に執着した俗物であると同時に、確かに偉大な詩人であったスノッリの才能を惜しんだ故かもしれませんが、

王は王なりにスノッリが気に入っていた、ということかもしれません。




スノッリがオルンに差し出した「聖杯」の謎ですが、現在の森羅のパートで解明されます。

木の杯の原材料はヤナギの木であり、含まれているアスピリン=鎮痛剤によってオルンの風邪は回復したのでした。

それを知らなかったオルンは、ストゥルラから逃れてノルウェーに向かう前に財宝や私物を隠した洞窟に向かい、「聖杯」でスノッリの傷を治そうと考えていたのですが、

そう聞いて「ははは……」と力なく笑う瀕死のスノッリの、"現実"と向き合っている姿が印象的でした。




邦訳『ヘイムスクリングラ』の解説によると、スノッリの死後アイスランドは坂を転げ落ちるかのように独立を失っていったと言います。

内紛は止め処なく続き、もはや誰もノルウェー王の援助なしに独立を維持することはできず、

さながらスノッリが描いた『エッダ』のフィンブルヴェト(大いなる冬)同様の地獄絵図となり

暴力と無秩序に飽き飽きした国民は、1262年・スノッリの死後21年経って、全島集会でノルウェーの属国となることを決定しました。

そして20世紀に入るまで、アイスランドは長い苦難の道を歩むことになったそうです。

スノッリの死は、確かにひとつの時代の終焉となったようです。



参考文献

『図解北欧神話』池上良太・著 新紀元社

『ヘイムスクリングラ―北欧王朝史―(一) 』谷口幸男・訳 プレスポート・北欧文化通信社