第一章 尋夢 Searchin’ For The Dream



凛花は、引き戸を開ける。

鶏の鳴き声が聞こえ、

いつものように田畑に働きに出る村人の姿が目に入る。

うち一人の農婦が凛花を目にとめて、笑みながら軽く頭を下げてきた。

一瞬硬直した凛花は農婦を見つめ返すが、

反応を返す前に農婦は畑への道へと向かい、ただその背を黙って見送るのみとなった。

凛花は肩を落とす。

こんな時に自分が嫌になる。

どうして、もっと素直になれないんだろう。

チッ、と小さな鳴き声が、腰の後ろに結わえ付けた小袋から聞こえる。

ちょろりと、住処の小袋から出てきた小さな生物が、跳ねるように凛花の腕にかけあがってくる。

凛花は少し、ほっとした気持ちになった。

「鉄之介。」

凛花が自身で、ちっぽけな赤子の鼠だった頃から育て、共に暮らして一年程の歳月の経つ小鼠が、

細かな髭を揺らして凛花を見上げていた。

「行こうか。」

明るい声で小鼠に告げ、凛花は戸口を踏み出す。



凛花は、同じ暁村に住まう金髪碧眼の英吉利人女性、サヤ(沙耶)が作っている畑で作業し、

彼女から野菜を分けてもらっていた。

朝起きると凛花は身支度を整え、木刀を手に素振りをし、軽く朝餉を摂ってからサヤの畑へと向かう。

その道筋に立つ家の、脇道に沿う低い石垣の前で、

主人である男が数人の村人たちと談合しているらしい様子が凛花の目に留まった。

「榊さん・・・・・・どうしたもんだろう。」

村人の一人の声が聞こえる。

疲れ切った様子が、声にも滲み出ている。

「そうだなァ。」

村人が縋りつくように声をかけた男・・・・・・榊銃士浪が答えた。

「このところ、村の童が見えんなっとる。続けて五人じゃ。」

「向こうの町の連中が、子供をさらいに来とるんじゃろうか。」

別の村人が、そう声をひそめた。

銃士浪は、目を細める。

その視線の先にあるもの。

立ち止まっていた凛花も、彼が見たものを見やった。

この小さく、穏やかな農村である暁村が、

実はどういう場所に所属しているかを思い知らせるもの。

家々の向こう、木々の向こうに浮かびあがっている城壁。

それが、絶望の街と呼ばれる離天京から、暁村を隔てている唯一のものだった。

かつて江戸幕府によって送り込まれた無法者たち、その子孫、

また様々な理由で世を捨て流れてきたものたちが

渾然と暮らす城壁の向こう一帯は、無法の町である。

血で血を洗い、喰らい合い、相手を害して勝ち残るほか生きる術のない場所。

「どうかねぇ・・・・・・言葉は悪いがこの離天京自体が、吹き溜まりと言っちゃあそうなるしな。

子を攫いに来る奴がいるというのも、全く在り得ない話でもないんだろうが。」

銃士浪が村人たちに答えた。

「しかし、ここのところ村に余所者が来たらしい形跡はないんだろ?」

「それなんじゃあ、榊さん。そういう話も聞かんし、怪しい奴を見たもんも誰もおらん。」

「けども、現に童らは消えとる。誰も家に帰ってこん。神隠しということなんじゃろうか。」

「さぁてなぁ・・・・・・。」

銃士浪は、彼を取り巻く不安を漲らせた幾つかの顔を見渡す。

「俺が壁の周りを見回るよ。」

そう言って、にやけたようで妙に人を安心させる笑みを浮かべた彼は、

石垣に立てかけていた刀の鞘に手をかけた。

鞘の上部には、通常の刀にはない長方形の金属が嵌め込まれている。

凛花は、それが彼の武具の最も重要な特徴であることを知っていた。

「これ以上被害を出すわけにゃいかんし、もし子供たちを攫った奴がいるんなら、どうしたのか聞き出さんとな。」

「榊さん一人で大丈夫なんかい?」

「俺以外にも志士連中から若くて生きのいいのに声をかけて、交代で見回りさせるさ。お前さんたちも、

妙な奴を見かけたらすぐ知らせるよう、それと村から離れていつまでも遊んでるなと子供たちに言っといてくれ。」




村人たちが銃士浪の家から去っていくのを見送り、凛花は彼のもとへと向かう。

「よう。」

凛花を認めた銃士浪は片手を上げた。

「・・・・・・さっき、話してたことだけどさ。」

「ん?」

「自警団を作るってことになったんだろ? ・・・・・・あたしも、手を貸すか?」

また、ふてくされたような言い方になってしまったことを

内心苦々しく思いつつ、凛花は挑むように銃士浪を見据える。

銃士浪は先ほど村人たちに見せた笑みに、

小馬鹿にしているのか、思いやりを混ぜたのか、判別しづらい表情を加えて凛花を見た。

「そりゃ、お前さんが夢想夕雲流の優れた使い手だってことは俺も認めるがな。」

と、凛花の前に屈み込む。

「危ないことに自分から首突っ込む必要もないだろ? 俺たちに任せとけ。」

凛花の頭に乗せられる大きな掌。

彼女はそれを払いのけた。

「子ども扱いするなっ!」

怒鳴りざまに踵を返し、凛花はそのまま銃士浪の家の敷地を走り出る。

後も見ず、サヤの畑への道を急ぐ。

腰に結わえた小袋の中で、

鉄之介の体が跳ねているのに気づき、

ようやく凛花は歩調を緩めた。


体が一瞬かっと熱くなり、

同時に胸の中に広がったわだかまりの正体が何なのか、

頭に触れられたのが嫌だったのか、驚いたのか、

銃士浪の気遣いだったのかもしれないと思いつつも、

自分が役に立たないと宣言されたようで腹立たしかったのか。

はっきりとわからないままに、凛花は歩む。

・・・・・・本当に・・・・・・嫌になる。

ようやく、サヤの畑に着いた。



「おはよう、凛ちゃん。」

体にピッタリとした黒衣をまとったサヤが、眩しい笑顔を凛花に向ける。金髪が、昇り始めた太陽の光に反射していた。

「おはよう。」

答えた凛花は畦道に荷物を置き、鉄之介に語りかける。

「ごめんね、鉄之介。揺れて怖かった?」

心配しないで、というように小鼠は鳴いた。



「そう。銃士浪にそう言われたんだ。」

作業が一段落し、サヤと凛花は畦道で昼食を摂っている。

「どうせ、あたしは小娘で足を引っ張るだけだって言いたかったんだろ、あいつ。」

凛花は頬を膨らませる。

サヤは凛花にとって、現在暁村で唯一本音をぶつけることの出来る相手であり、

ひそかに憧れを寄せる女性でもあった。

「凛ちゃん。銃士浪はちょっと人の気持ちに鈍感なとこもあるけど、

凛ちゃんを危険な目に合わせたくないっていうのは本心だと思うわ。」

サヤの物柔らかな声を受け、凛花はうつむく。

「今度あの鈍感男に会ったら、もうちょっと女の子に対する口のきき方に気をつけなさい!

って、言っておいてあげるから。」

凛花がサヤに顔を向けると、彼女は凛花に片目を閉じてみせた。

(口のきき方に気をつけなきゃいけないのは・・・・・・あたしの方だ。)

銃士浪も、サヤも、暁村の人たちも。

かつて、凛花の父を陥れ、母を死に追いやった連中とは違う。

そう思っても、自分はどこかで彼らとの間に壁を作り、

そこから抜け出すのを戸惑っているように凛花はうすうす感じていた。

このままじゃいられないと、わかっているのに。

「それにしても、わざわざ城壁の向こうから子供たちを攫いに来る奴がいるのかしら?」

サヤの言葉に凛花は瞬く。

「真相はわからないけど・・・・・・そういうことをやりそうな可能性のある奴と言えば・・・・・・。」

そう言って中空を見ているサヤの青い目に、いつもと違う光が宿っているように見える。

「サヤは、何か心当たりあるの?」

問うた凛花に顔を向けたサヤの浮かべた笑顔は、いつも凛花の見ているものだった。

「ううん。気にしないで、凛ちゃん。」


   

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