第一章 尋夢 Searchin’ For The Dream(2)

闇の中で声が響く。

幼い子供たちの甲高い泣き声だった。

ただならぬ様子を感じ取り、

漆黒の夢の中で命は、泣く子供たちを探す。

どこにいるの?

おかあちゃん、助けて、と子供の泣き叫ぶ声。

同時に命の中を駆け抜けてゆく、黒い気配。

おぞましい気に身を汚染されたかのように、夢の中の命は寒気に囚われる。

子供たちの絶叫が、闇をつんざいた。

同時に命は耳の奥底で聞く。

自分の内と外に、時を同じくして響く、艶かしき哄笑を。

ぴちゃり、ぐちゃりとおぞましい音がする。

視覚は漆黒に塗り潰されている。だが一際大きくなる音ははっきりと、ただ一つの事実を示していた。

子供たちは事切れ、肉を引き裂かれ喰らわれている最中なのだということを。

命は耳を押さえつけ、悲鳴をあげる。

「愛しや、愛しや。妾の僕になり得る闇の子よ。」

命の悲鳴にかぶさる女の声。

「喰らえ、さらに喰らえ。糧を食み続け喰らい尽くすがよい。

世の全てを無に帰すには、そのくらいではまだ足りぬぞえ。」

新たな悲鳴が喉から迸り、命は声を振りほどこうと頭を振る。

「止めて! あなたは、誰なのですか!」

「妾はそなたじゃ。」

女の声が命に答えた。

命の紅い目は愕然と見開かれる。

「全ての存在を無に帰し、無窮に君臨する主。そなたは器として選ばれし者。」

「知らない・・・・・・私はあなたのことなど知りません!」

「思い出しや、そなたの父のことを。思い出しや、その紅き瞳に宿りし力を。

そなたは妾の器、妾の人形として生まれ出たのじゃ。逃れることなど叶わぬと、思い知りや!」

命は絶叫し、

自身の声で目を覚ました。




「命さま!」

声と共に青い袴の巫女が二人、同時に襖を空け、

音もなく畳の上を摺り足で駆け抜けると、命の床の前にひざまずく。

床の上に身を起こした白い寝間着の命は、激しく息を継いでいた。

「命さま、如何なさいましたか?」

巫女の一人が、命を注視し声をかけた。

「何か、悪しき夢見でも・・・・・・?」

と、もう一人の巫女が気遣うように命を覗き込む。

「いいえ・・・・・・なんでもありません。」

息を整え、そう答えた命は、二人の巫女に顔を向けた。

「朧さまへの注進は無用ですよ。」

穏やかな言葉に対し、二人の巫女は、命の前に平伏する。

彼女らは、朧衆と呼ばれる巫女衆の一員であり、朧衆の中で最も年若き見習の証として、青い袴を身につけていた。

格上の巫女たちや、命を始めとする覇業三刃衆の身の回りの世話がその主な役目である。

命は今現在、江戸近海の小島に建つ”絶望の町”、離天京の中心である天幻城に身を置いている。

天幻城の主が覇業三刃衆であり、命はその一人として”闇の巫女”と呼ばれ、朧衆に傅かれていたが、

彼女らの正式な主は朧であった。

三刃衆の頂点であり、必然的に離天京で最も力のある者。




二人の巫女は、今一度平伏してから襖を閉じ、命の寝室を辞した。

その姿を見送ってから、命は窓の木枠から煌々と漏れ出る月の光に目を移す。

「この瞳・・・・・・。」

命は呟く。

「この瞳は・・・・・・どんな力を宿すと言うのですか・・・・・・。」

紅い瞳が、月の光に濡れる。


常人のものならぬ紅い瞳を持つ者たち、三刃が揃ったあの日より、覇業はこの離天京で始まった。

否、人知れず闇の中でばらばらに蠢いていた歯車がようやくぴたりと合わさった、と言う方が正しいのかもしれない。




「そなたらがこの天幻城に来たる事、二十年の昔に定められておりましたのじゃ。」


その夜、数え切れぬ蝋燭の焔が揺らめく中で、

朧と名乗る老爺は、目前の命と"彼"にそう告げると、閉じた眼(まなこ)を開いた。

紅い色の瞳があった。


彼・・・・・・九鬼刀馬に続いて、またも同じ紅い瞳の輝きを持つ人間に巡り会えようとは、

確かに定められたことなのかもしれない。あの時命はそう思ったのだった。


最初に出会った同じ瞳の輝きを持つ男、九鬼刀馬。

初めて出会ったあの時の彼の目、鏡や水面に映る自身以外で見た紅い瞳は、

まるで輝ける玉のように命には見えた。



「お前は」

日本人と思えぬ、透き通るかのような白き肌。

うっすらと黄金を帯びた色合いの髪。

輝く珠のような紅い瞳が、冷たくも強い光を宿して命を見据えていた。

「ひたすら逃げ、隠れるのみの生き方を選ぶつもりか。」

温もりこそ持たぬものの、その声は心に一本の芯を植え付ける力強き激励として命の胸に響いた。

  

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