第二章 古時候、時候 〜I'm in You〜
SA・KURA〜憑り巫す座〜


冷徹な赤い目をした男が、馬上より降り立つ。

彼はその腰に、紅い柄を持つ一本の刀を差し込んでいた。

凛花は足を引き、男を見据えつつ腰の後ろの闇路乕鉄の柄に手をかけつつ男を見据える。

銃士浪を挟んで左側に立つサヤも構えを取り、侵入者の動向に対処できるようにしているのが目に入った。

その表情は、暗殺者にふさわしい冷徹さを含んだものに変わっていた。

そんな二人の視界が、ふいっと男の腕に遮られる。

銃士浪が二人を制するように、背中で立ち塞がっていた。

「銃士浪」

凛花は呟いたが、その意図を察し柄を握った手の力を抜く。

サヤも同じく、銃士浪の意図を察したようで構えを解いている。

三人の前に、九鬼刀馬が歩み寄って来た。

「うわわわわ……」

小さな怯えた声を耳にし、凛花はちらりとそちらに目を向ける。

先ほど駈け込んで来た伍苦門に勤務する出で立ちの侍が、引けた腰つきながら刀馬に向けた槍を構えていた。

その姿は攻撃のためというよりは、それを盾に身を守ろうとしているように見える。

彼の手前に立っている異人の少年は、対称的に足を踏ん張り、きっと九鬼刀馬を睨み据えている。

「悪者め! 来るなら来いっ!」

「なっ、何言ってるの君はッ!」

少年の叫びと侍の素っ頓狂な声が重なる。

凛花が目を向けると、侍が少年の肩を掴んで引き戻そうとしている光景が移った。

刀馬が立ち止まり、冷たい赤い瞳で少年を一瞥する。

「ちょっと待ってくれないか、坊主。こいつは昔の知り合いなんでね……少し話がしたいんだ」

のんびりと、銃士浪の声がした。

(やっぱり……そうだったのか)

心に呟き、凛花はふと気付いた。

暁村に住処を得て、一年を超える月日が過ぎ去ったが、

銃士浪の過去に関して、詳しい話を何ひとつ聞いたことがない事実に。

(銃士浪……一体、九鬼刀馬とどんな関係だったんだ?)

訝る凛花の耳に少年の声が飛び込んでくる。

「HEY! そいつはこの島を牛耳ってる悪い奴の一人なんだろう?

そいつと知り合いって、おじさんはやっぱり悪い人なのかっ!?」

少年が銃士浪をなじるように言った。

銃士浪が、薄く微笑を浮かべる。

「ん〜、とな。坊主。いい人悪い人っていうのは、決めるのが難しい時もあるもんさ。

立場が違ってるだけで、結構似たようなもんだったりすることもあるもんだ」

「WHAT? 何を言ってるの?」

少年が目を瞬いた。

「ま、とにかくな。ここは男同士の話、させてくれないか」

銃士浪は少年に笑いかけ、刀馬に向き直る。

淡々と、彼は言った。

「親父を斬ったと風の噂に聞いたんだが」

常と変らぬ調子の銃士浪の声が告げた事柄に、凛花は眼を見開いた。

「本当か?」

「ならば斬るか、十四郎!」

冷然と言い放った九鬼刀馬を見据える銃士浪は、

「……いや、止めとこう」

一言そう告げた。

「人の生き方に干渉できる身分じゃないんでね」

「フン」

刀馬が、冷たく侮蔑も露わに吐き捨てる。

「この悪党っ!自分を生んで育ててくれた父親を殺したのかっ!」

少年が怒りに満ちた声を上げた。

その様子を何の感情も見せず一瞥し、刀馬は事も無げに言い放つ。

「義理の父だ。そのようなしがらみにとらわれ続けているお前たちには、見えぬ次元もある」



そう言い放った刀馬の冷たい横顔を見据えながら、凛花は思った。

(……恐ろしい奴だ)

こいつは、親子の情や人の義理を歯牙にもかけていない。

人を斬ることに、罪悪感も葛藤も、何も持たない男なのではないか。

見えぬ次元、と刀馬が口にしたその言葉は、人と異なる者になることを自ら選択し、

此方を捨て、彼方へ自ら踏み出した者であることを語っているのではないか。

凛花はぐっと唇を噛み、腹に力を入れて刀馬を見据える。

負けてたまるか!

闇路乕鉄の柄に、凛花は手をかけた。何かする気なら、全力で受けて立ってやる。

そこでふと、凛花の脳裏をかすめた思いがある。

それにしても。

こいつは一体何が目的なんだ。どうして暁村にやって来たんだ。





少年が再び、刀馬を睨みつけ叫んだ。

「シャラップ! 覚悟を決めろっ!ジャスティスのために、お前がしたことの報いを受けさせてやるっ!」

「おい」

突如、刀馬の声の調子が変わった。

それとはっきりわかる、いかにもうんざりした響き。

彼は、少年ではなく背後の人物に冷たい視線を向ける。

「ひえっ!?」

自分に向けられた声と仕草だと気づいた伍苦門の侍が、素っ頓狂な声を漏らして後ずさった。

「そこのお前だ。そのうるさい小僧を黙らせろ」

反射的にだろう、刀馬に怯えきった様子の侍が、直槍を持ち替え右手で異人の少年の口を塞ごうとする。

少年はそんな侍を睨みつけ、手を振り払う。

「オサムライさんっ! 暴力におびえてちゃいけないんだっ!」

そんな彼の側に、いつの間にかサヤが近づいていた。

「ボウヤ、元気がいいのねぇ」

いつもの茶目っ気たっぷりな表情で、彼女は少年に語りかける。

凛花は目を丸くした。

「それに男らしい信念を持ってるみたい。お姉さん気に入っちゃった」

サヤの笑顔を間近に見て、少年はきょとんとする。

「でも、ここは銃士浪の立場を考えて彼と話をさせてあげて」

自分の前に膝をついて言葉を続けるサヤに、少年は明らかに戸惑った様子を見せた。

「But……」

「それに、報いを受けさせるためにただ命を絶つことがあなたの正義なの? 」

穏やかに淡々と、サヤは少年に言う。

「彼が人を斬って、それで悲しい思いをした人がどこかにいるのと同じように

ここで彼が死んだら、どこかで悲しむ人がいるかもしれない。

報いは必要かもしれないけれど、ただ悲しむ人を増やすだけの行為は正しいことかしら?」

少年の目をじっと見つめながら告げられたサヤのその言葉は、少年の心に変化をもたらしたらしい。

先ほどまで頬を紅潮させていた少年は、戸惑いも露わにうつむく。

サヤは再び微笑んだ。

「あんまり私が言えた義理じゃないんだけどね。子供は人の命を奪っちゃいけない」

短い、薄い金色の髪を、サヤは笑顔のままで撫でた。

「あまりに重くて、悲しすぎるわ」

いつもの明るい声が、その時ふと翳りを帯びた。




「それで、刀馬。お前、三刃衆の一人としてここへやって来たのかい?」

銃士浪は、視線を少年と侍から自身へ向けた刀馬に言った。

「故あって、今は同胞の身。お前は朧について知りたいか」

「……教えてくれる、ってのか?」

「知りたければ」

紅く冷たい瞳に、鋭い光が増す。

「唯一親父に匹敵すると言われたその刀で聞け」

凛花は唇を噛み、

次の瞬間、銃士浪の前に飛び出していた。

「お前は暁村を潰すことが目的かっ!」

柄に手をかけ、刀馬を睨みつける。

「凛ちゃん!」

サヤの叫び声。

赤い眼が彼女を捉えたが、刀馬は何も言葉を発しない。

鋭く冷たい、紅の視線。


「凛花」

彼女の肩に置かれる銃士浪の手。

「すまんな刀馬。こいつもここの住人だから無関心じゃいられないのさ」

いつもの薄い笑いを浮かべつつ、銃士浪は刀馬を見据えた。

「で、お前さんの目的は俺と手合わせすることでいいのかい?」

刀馬は黙したまま、なおも紅の視線で銃士浪を捉えている。



   


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