サムライスピリッツ零・公式ストーリー
風間火月
「我らが風間一族に伝わる封魔の秘術、ついに試される時が来たようじゃ。浅間山、十和田より出でし魔は日輪の地へ向かっておるとの報があった」
月心斎から任に関する詳細を伺いつつ、火月は腰に帯びた刀――朱雀に手をかける。
古くより風間一族に伝わる刀、火月の扱う朱雀と蒼月の扱う青龍。
詳細は分からない代物だが、どうやら、とある魔を封じるべくして造られたと伝承が残っており、
どうやら今回の任である魔こそ、それであると噂されている。
――なるほど、俺と兄貴の出番ってわけだ。
「お前たちは、この者を連れて急ぎ、日輪へ向かえ」
任に対する覚悟を改めていた火月の不意をついて、葉月がおずおずと現れる。
「なんだって!? 爺! こんな危険な任務に葉月は連れて行けねぇ!」
「葉月の未熟な忍の技はさておきその秘めたる力……此度の任においては欠かせぬ」
「承知致しました。月心斎殿」
「兄貴!?」
月心斎の言うことは理屈では分かっている。だが、葉月には荷が重い。命に関わる。断固、反対――という火月の姿勢をあっさりと蒼月はかわす。
そんな蒼月の姿勢は、忍としては見習うべきだと分かっているが……。
「……ちっ。仕方ねぇ。葉月、お前は必ず俺が守ってやるからな!」
「うん、お願いね。火月兄さん」
連れて行けねぇ、という予想通りの火月の怒声に肩をすくめていた葉月だが、守ってやるという心強い火月の言に微笑む。
正直なところ、任も修行も苦手で遠慮したいが、今回の任は別で、自分の力が必要になることを葉月も心得ていた。
「では、ゆけい」
月心斎のその命で、火月、蒼月、葉月は旅立つ。
残された月心斎は、過去に思いを馳せる。火月と蒼月を引き取った昔に――。
「火月……蒼月……己が背負いし宿命に……呑まれるでないぞ」
風間蒼月
肥前・風間の里。
「ついに……動き始めたようじゃ……」
下忍の報告を受け、神妙な面持ちで、風間一族頭首・月心斎は言う。
「……」
蒼月はその場で月心斎の次の言葉を待つ。無言ではいるが、確かな高揚感があった。いつか来るであろうこの時を、
少なくとも、月心斎よりも覚悟を決め、蒼月なりに密かに入念な準備を施してきた。そう、待ち望んでいたのだ――。
「此度の戦い、お前たち兄弟にとってつらいものとなろう……。火月を呼んで参れ」
「はっ」
月心斎の元を離れ、火月の気配を探る。裏手の修練場から、幼いころからよく心得ている気配を二つ察する。
火月と葉月に間違いない。
「もう!火月兄さんったら。少しは手加減してよ」
「ははははっ。だけど、あんまり手加減しちまったら修行になんねえだろ?」
地にへたり込んで、すっかり消沈した様子の葉月。頬を膨らませ、恨みがましく上目遣いに火月を見上げる。
対して、火月は胡坐をかいて無遠慮に笑う。
――全く、見ていられませんね。
蒼月は弟と妹の姿を、やや遠くの木の裏から認めた後、移動を開始した。
「それは……そうだけど……もうっ」
葉月がもう一度嘆息した瞬間、火月は自分の真下からよく知っている――とても意地悪な――気配を察し、
即座に葉月の壁になるように飛び退く。
まさに刹那の間合いで、火月が胡坐をかいていた場所から水柱が立つ。当たれば、少なくとも怪我はまぬがれない勢いの。
水柱が消えると、そこに蒼月が立っていた。
「なんだよ、兄貴」
すっかり慣れたいつものこととはいえ、火月は憮然と蒼月を見やる。
――手加減はしましたが、なかなかの反応ですよ、火月。
蒼月は表には出さず、弟を誉める。
「月心斎様がお呼びですよ」
火月の表情が一変する。
「葉月、修行はここまでだ。先に戻ってろ」
任に対する気持ちの切り替えの速さに、蒼月は満足げに頷く――心の中だけで。
炎邪
浅間山の麓、小さな村。村を燃やし続ける炎が沈静すれば、そこはただの廃墟となるし、それは既に時間の問題だった。
肥前の隠れ忍・風間一族の数名がこの村にたどり着いたときは、既に火の手に村は覆われていた。
燃え盛る村の何処からか、天を劈くかのごとく人とは思えぬ咆哮が響く。
「我らが封魔の秘術、試すとき来たり。皆、気を抜くでないぞ!」
「はっ!」
風間一族の数名の統率者の発した檄に、皆が従う。必要以上に警戒し、村の中を探索する。
見渡す限り、生存者はいない。一様に焼死体となっており、やがて消し炭と化す。
「グォオオォオオォオオオ!!!」
不意を突かれた、と認めざるを得ない。上空への警戒は怠っていた。
咆哮を上げ、火の玉が――否、炎を纏い、人の形をした魔が降ってきた。衝撃に地が揺れ、周囲の家屋が倒壊し、火の粉が散る。
「奴がかつてこの地を焦土と化したという妖魔か……」
「恐れるな! 我らが力……彼奴に刻んでくれようぞ!」
恐れることなく、風間一族は魔を封ずべく秘術を試みる。
「臨兵闘者………………」
「ぉおおぉおおおおおおぉぉ!!」
魔――その名を炎邪と言う――の咆哮一つで、周囲の空気が激しく揺れる。
「くッ……なんと強大な邪気!」
「しかし、ここで食い止めねば! 奴を決して日輪の地に近づけてはならん!」
「我ら風間の名にかけてッ!」
そこまでだった。炎邪が光った――と思った時には、全身を炎に焼き尽くされ、轟音に鼓膜は破壊され、衝撃に意識は途絶えた。
痛みを知らずに死ねることは幸せかもしれない。
それは小規模な火山の様だった。炎邪が吼えるとは、そういうことなのだ。
「ぐるおおおおおおおおぉ!!!」
炎邪は天に吼え、再び飛び立つ。
旧き友、水邪と合流し、あの闇キ皇から『人魔一体の秘術』を得るために。
水邪
「確かにこの辺りから、邪なる波動を感じたが……気のせいであったか……?」
風間一族の忍装束に身を包んだ男は、しきりに周囲を警戒しつつ、水辺を行く。
「拙者の勘違いであれば、それでよいのだが……」
魔の発生の恐れが知らされ、偵察に訪れた。肥前より十和田までというのは、決して楽な行程ではない。だが、何事もなければそれが一番良い。
前後左右に気を配る。異常なし。上方、異常なし。下方――?
「うああぁぁぁ!」
水面が泡立った。水はまるで粘性の生物を思わせるうねりで男の足を絡め取る。
それを足掛かりに、水は男の身体を這いずり、駆け上がり、口、目、鼻、耳など、穴という穴――やがて毛穴からも侵入し、
完全に支配する。男の身体は酷く痙攣を繰り返し、その体格が屈強に変貌する。
髪も変質を遂げ、その顔にかつての面影はない。
「ふむ……。脆弱な体だが……ここは我が妥協しよう」
男は立ち上がり、指を始めとして腕、肩――と順に間接を動かし、乗っ取った身体の性能を逐一確認する。
「所詮は匹夫の器。我に馴染むいわれもない」
水邪と呼ばれる精神体の魔、それが正体だった。
「さぁ、耳があるなら心して聴くがよいぞ、愚劣なる民衆よ。永き眠りより、偉大なる指導者が目覚められたのだぞ? 我は神……! 我を崇めよ……!」
両手を大きく広げ、天を仰ぐ。肉体を得るのは久しいこと。忘れかけていた解放感に水邪は酔いしれる。
「この波動……奴の目覚めも近いようだな……」
闇キ皇。知らぬ仲ではない。闇キ皇の波動で、水邪に施された封印が弱まり、こうして再び肉体を得られたこと、素直に感謝する。だが――
「闇キ皇、貴様の魂……新たなる時代の幕開けを告げるには、いい贄だな」
闇キ皇が有する『人魔一体の秘術』、ぜひとも頂戴せねばならない。手段は問わず。