サムライスピリッツ零・公式ストーリー


黒河内夢路


萬三九六



黒河内夢路


鞘から出で、虚空に煌きを残し、その刀が鞘に戻るまで刹那の刻。

 刀の切っ先が触れ合うことさえもない離れた間合いで、男は言いようのない寒気を感じた。一足飛びから電光石火の打ち込み――

示源流に「受け」はない、極意は「攻め」あるのみ――何千回、いや、何万回と打ち込んだ必殺の太刀筋。

斬ると腹を括った次の瞬間には、敵を屠っていたはずなのに――男は凍りつくような寒さに抱かれ、地に伏した。

 夢路は男から目を逸らさない。名も知らぬ示源流の男は、袈裟斬りに胴と腰が分離したことを、おそらくは知ることはないだろう。

 神夢想一刀流 秘剣 陽炎。

 間合いの外の敵を断つ――比類なき剛剣で謳われる薩摩示源流と正面から切り結ぶ危険を冒す必要などない。

 上半身を失った下半身から鮮血が吹き上がる。霧のように風に流れ、胸の咽る臭気が漂う。失った上半身を求めてか、下半身は力なく崩れ落ち、臓物がこぼれる。

 夢路は目を逸らさない。己の刀が導いた結末から、目を背けない。

 ゆるり、と刀を抜き放つ。刀身に血糊などないことを確認すると、鞘に収める。己の太刀筋に迷いなどない。躊躇いなどない。

 地に伏した男の亡骸から視線を上げると、年端のいかぬ童子――いや、元服を迎えて間もない少年が、震えながら夢路を見据えていた。

全身を恐怖に震わせ、目に涙こそ浮かべてはいたが、口元にはある決意が固められ、その手が腰に帯びた太刀へと――

「……やめなさい」

 穏やかに諌める夢路の声に、少年の手は止まる。

「彼方の父親を殺めた仇として言えた義理ではありませんが……刀を捨て、二度と手にせぬことを誓い、ここより去りなさい」

 子連れであることは承知の上での死合いだった。懐柔の余地など無く、おそらくは薩摩藩、あるいはそれに縁の深い密偵であったのだろう。

そんな父親の任務を子は承知していたのだろうか。否、立派な武人であったに違いない。そしてその父親は、相手に一太刀を報いることなく惨殺された。それが少年にとっての現実。

 少年は一縷の躊躇を捨て、刀を抜き放つ。やることは一つ、仇討ち。

 およそ剣術とは結び付かぬ上段の構え。父親と同じく示源流の心得があるのだろう。

 少年が何かを叫ぶ。仇討ちの前口上と己の姓名を叫んでいるのだと夢路は解釈する。何と言っているかはまるで聴き取れないが、

その心意気を汲み、言い終わるまで夢路は身動き一つしない。

「い……いぃ、いざ、っ尋常にっ!」

 少年は叫ぶと、父親同様に一足飛びに夢路へと斬りかかる。

 苛烈な気迫、それに伴う力強い太刀筋。素直に夢路は認める。

いずれ、名うての剣客となる可能性は十二分に秘めている。しかし――

「黒河内夢路……参る」

 鞘から出で、虚空に煌きを残し、その刀が鞘に戻るまで刹那の刻。

 夢路の刀が描いた軌跡。それは、少年の首と胴に永遠の別離を強制した。

 少年の命が燃え尽きる一部始終から、夢路は目を逸らさない。

己の刀が導いた結末から、目を背けない。

 如何に小さな禍根であろうと断て。それが、我旺からの命令。

「……すべては、我旺様のために」

 ゆるり、と刀を抜き放つ。

 刀身は鮮やかな朱に濡れていた。





萬三九六


 世界最強――なんと甘美な響きか。

 極上の飯を前にしても、吉原の名うての花魁を前にしても、世界最強と言う言葉が誇るその輝きに対してはすべてが霞む。

 例えこの世におぎゃあと産声を上げたその日から山賊であったとしても、恥じることなどない。狭い島国で駄々をこねて、

あれやこれやと喚いている連中とは格が違う。日本に用はない。用があるのは世界の方だ。

――俺様は世界最強だ。

 三九六は拳を握る。

 力がある。知恵もある。後は、世界最強へと登りつめて行くだけ。

 今は雌伏の時。まずはこの島国の頂点を手っ取り早く頂戴する。そのために、いけすかない兇國日輪守我旺などという右曲がりの狂人の配下になり、機会を伺う日々。

そのために、我旺にはせいぜい踊り狂ってもらう必要がある。混乱に乗じて天下取りを進める。その後は世界進出。

 三九六は破顔する。あまりの完璧ぶりに、自分自身に惚れてしまいそうだ。

 人の住まわぬ荒ら屋にて、三九六は一服する。煙管をくわえると、側に控えていた二四が素早く火を付けて、満足そうに微笑む。

いろいろと便利な女で、金に困れば遊郭に売り飛ばせばいいだけのことなので手元に置いている。

 煙管を吸い込めば煙草とは違う、幕府に厳しく取り締まられているはずの、何とも頭の芯まで届く濃厚な味が広がる。

手持ちはこれで最後だが、先程、一八に盗みに行かせた。どうにか巧く仕入れてくるのは間違いない。こいつも便利だ。

「御頭! 奴が出てきたでごわす!」

「急いでくだせえ!」

 巨漢の五七と、ひょろひょろの一八が飛び込んでくる。

 五七は力自慢で実直に仕事をこなす性格なので、こいつも何かと便利だ。数日前から遊郭に入り浸っている男の見張りを任せていた。

 一八がいかにも曰くあり気な布袋を手にしているところを見ると、例のブツは手に入れてきた後に五七と合流したようだ。

 三九六は最後に煙管を目一杯吸い込むと立ち上がる。

「三九六様、お召し物です!」

 二四があらかじめ準備していた、ボロ布を差し出してくる。

半ばひったくるようにして手に取り、頭から被って、完全に素性を隠す。

「三九六様、行ってらっしゃいませ! どうかお気を付けて!」

 何かと便利な部下三人に見送られて、三九六は荒ら屋を出る。

「行ってくるぜ……へへへ」

 手駒を増やす必要がある。今から、我旺にぶつけて踊ってもらう手駒を動かす。これは部下には任せられない。

手堅く日本制覇をこなすためにも、自ら動く必要がある。

 豪商からかっぱらった単筒を手元にしっかりと握り締め、遊郭から出てきた一触即発の狂人のもとへと歩み寄る。

「うへへへへへへへ……」

 いい感じに薬が頭に回ってきた。



  

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