サムライスピリッツ零・公式ストーリー


シャルロット


タムタム


妖怪腐れ外道


千両狂死郎



シャルロット・クリスティーヌ・ド・コルデ


「ようやく日本に着いたか……。祖国に戻る時が近づいている。今回の旅、この地が最後だな」

 船上より、感慨深く日本の地をシャルロットは見つめる。長い船旅だったが、東洋諸国を軒並み見聞できるというまたとない機会。

苦には思わなかった。

「時代は変わっている。我が祖国も変わらねば。政は民衆の為にあるべき……」

 祖国フランスを始めとするヨーロッパ諸国では、新たな領地拡大を目論み、東洋諸国への進出を本格的に視野に入れている。

この船旅は、その偵察。いわば斥候。

 愚かなことだと、本心から思う。

「シャルロット、話がある」

「分かった、あちらで聞こう」

 古くから家同士での付き合いのあるミッシェルに声をかけられ、シャルロットはもう少し見晴らしの良い甲板、船首方向に移動する。

「もう祖国に帰ろう。このような東洋の果ての島国、見る価値があるようには思えない。愛しの祖国を遠く離れて、劣等諸国から一体何を学べと?

ボクたち貴族の役目ではない」

「私は祖国に剣を捧げた騎士。王政が崩れ去ろうとも、私の剣は、民のためにあるのだ」

 ミッシェルはおよそ典型的な貴族といえる。嫌ってはいない。

むしろ好意的なのだが、時折あまりに自己以外をないがしろにする言動があり、その度にシャルロットは眉をひそめる。

「ヒノワのガオーという領主が反逆を――との報告を受けた。危険なだけで得るものはない」

「ミッシェル、良いことを聞かせてくれた」

 シャルロットは天意を得たりと微笑む。上陸すべきではないというミッシェルの忠告が、これからのシャルロットの目的を定めることとなろうとは――。

「上陸する。着岸を急げ! 日輪の地で大きな動きがある。そこを目指す!」

「シャ、シャルロット?」

 ミッシェルを残し、シャルロットは船室に戻り、上陸の準備を急ぐ。

 日本のあらゆる動きを感じられるこの好機、逃すわけにはいくまい――。





タムタム

 ――コイツ、ツヨイ……!

 仮面の奥で歯噛みした。

「何処の乱破かは知らぬが、うぬのごときますらお、殺すには惜しい。どうじゃ、ワシとともにこの國を変える大儀を往かぬか?」

 タムタムは天に吼える。精霊に願う。口から精霊を宿した炎を吐き、返事とする。

 朱に染まる服を着た男は、気合いを乗せた裏拳一つで、精霊の炎をたたき付けて一瞬にして掻き消した。

 タムタムの長身から繰り出される斬撃の射程は脅威で、大概の敵は成す術もなく切り刻まれていくのだが、この男は違う。

これまでに戦ったことが無い、熟達した槍使い。普通の槍ならば、いくらでもタムタムにもやりようもあったが、

この男のそれは十字槍。手元の回転で、縦に横に、自在に攻撃範囲を変えてくる。

 既にタムタムは何度かに及ぶ攻撃にその身を晒し、流血も酷く、気力だけで立っている状態に近い。だが、

仮面の奥の瞳から、闘志は消えない。故に、男も手を緩めるわけにはいかない。

――コノ黒イ神ニ憑カレタ男ヲ 放ッテハ オケナイ……。村ダケデハナク、世界中ガ危ナイ……。

 静かな場所だった。ひたすらに広い荒野。男と二人、死力を尽くして切り結ぶ。

「我ガ神、けつぁるくぁとるヨ! 護リタマエ!」

 天に吼え、残る力のすべてを合わせて、タムタムは飛び込む。これが最後の一撃。

 男は低く、槍を構える。タムタムを射抜くその眼光だけで、常人を死に至らしめそうな覇気を宿して、男は退かずに正面から迎え撃つ。

「乱破などに名乗る名は持ち合わせておらなんだが……憶えておくがよいわ! 我が名は――」

「神ノ戦士! 必ズ勝利スル!」



 鈍い音がした。

 一瞬の静寂の後、何かが落ちた。

 カタカタ……と小さな笑い声のような音を立てて、それは消えた。





妖怪腐れ外道

 よく噛んで、よく噛んで、よく噛んで……

「ごぢぞうざまでじだ〜」

 硬くてまずい骨は吐き捨てる。噛み砕いた物も含まれているが、その吐き捨てられた骨の中の、おそらくは頭蓋骨であろう物が虚ろな表情で見つめている。

だが、それも長くはもたない。吐き捨てられた骨は、湯気にも似た白い煙を発しながら、溶解していき、土の上の染みとなった。

 今日は豊作だった。六人ほど喰った。満足して、歪んだ笑みで腹を撫でる。

「……腹減っだ」

 なのに、腹は減る。すぐに。

 思えば、最近は子供を喰ってない。やはり、子供を喰いたい。子供はうまい。残すところがない。肉も、内臓も、骨も、残すところが無い。

全部美味しく喰える。最近は眼球が溶けて無くなるまで舌の上で転がすのが大好きだ。しかし、太腿の内側に勝る美味はなかなかない……。
 
 妄想の中で、子供を喰う。ひたすら喰う。一人や二人ではなく、何十、何百と。

「……ん?」

 涎を垂らしながら恍惚としていたが、ふと、美味しそうな匂いを感じて、顔を向ける。

「怖いところに来ちゃったよぉ」

 その少女は不安げな面持ちで、しきりに辺りを見渡す。

そわそわと落ち着きのない様子で、白っぽく浮かぶ妙なものを連れていた。

「コンルー。姉様、どこ行っちゃったのかなぁ」

 やがて、少女は走り出した。かなり足は速いらしく、すぐに見えなくなった。

「……あのおなご、ずげぇうまぞう」

 ご馳走だと思った。今までで、一番、うまそうだと思った。

 鼻で息を吸う。何度も何度も。走り去った、ご馳走の匂いを記憶に焼き付ける。追いつけるはずがないことは分かる。

だから、この匂いが続く限り、どこまでも追い詰める。

「あのおなご、食いでぇ。食いでぇ。食いでぇ」

 どうやって食べたら一番うまいのか、考える。

 まず、全身を舐め尽くす。それから、踊り食い……はもったいない。

 腕からちぎって、次は足をちぎって――いや、いや、右の太腿が最初で、最後は左の太腿で――……





千両狂死郎

「飢饉やら何やら、世の中はめっきり荒みきってしもうたわい」

 狂死郎は世を憂う。

 大飢饉からの復興の兆しは全く無いわけではないが、あまりにか細い。さりとて、何を思い、何を足掻いても、狂死郎にできることは歌舞伎のみ。
 
「ワシの歌舞でちょいとでも民草に力を与えられぬようでは、この名、狂死郎めが泣きまする。父より譲り受けしこの舞、さらなる飛躍を遂げねばならぬのぅ」

 興行収入の低迷も一座にとっては問題だが、狂死郎にとっては仔細なことだった。民草の力になれぬ、無力な己の歌舞に価値を見出せない。

先代・狂志郎であればなんと思うであろうか。越えねばなるまい。さらなる頂きを目指すしかない。

「世間には、わしの知らぬ全く新しい歌舞がまだまだあるやもしれぬ。本業はしばし休演じゃ。浮世にひたって気の向くままに旅をしつつ、真の歌舞を探るもよし。

風聞を広めて、次の台本のネタとするもよし」

 決めてしまえば、心も足取りも軽いもの。

 一座の皆にしばしの別れを告げ、狂死郎は揚々と道を往く。

「どれ、どこへ、足を運んでみたものかのぅ」

 往く先々で、例え見る者が一人だけでも、呆れられるまで舞ってみせる心積もりで。

 まるで当てのない旅に、少なからず心躍るものがあった。





    


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