雨峠〜緋雨閑丸
十国峠。登り口(夕刻)
SE ヒグラシの哀しい音色、響きわたっている。
村人A「これ、そこの童(わっぱ)! …聞こえぬのか? これ!」
閑丸「? ぼくのことですか?」
村人A「そうじゃ。どこへ行く?」
閑丸「えーと… これから、この峠を越えて…」
村人「馬鹿な! もうじき日が暮れる。明日の朝にするがええ!」
閑丸「(笑って)平気ですよ」
村人A「平気なものか! ワシら地元のモンでも、夜は山に入らん。鬼が出るでな」
閑丸「鬼?」
村人A「ああ! (脅かすように)それはそれは恐ろしい・・・・・・」
閑丸「そうですか・・・・・・なら・・・・・・ますます行かなくちゃ」
村人A「なにぃ?!」
閑丸「それが、僕の旅の目的だから。(OUTしつつ)それじゃあ・・・・・・」
村人A「あッ、こら待て! 食われちまっても知らねーぞ。おーい! おおーいッ!」
SE 峠の荒れ道に消えて行く閑丸の足音
SE 遠雷がこわく鳴り響き始め・・・・・・
SE ぽつ・・・・・・ぽつ・・・・・・と雨音来る。それが次第に激しくなってきて・・・・・・
十国峠。峠道
SE 雷と激しい雨
SE ぬかるみを来る、閑丸の足音。やがて止まり
閑丸「うわぁ・・・・・・まいったなァ。峠を越えるまでは降ってほしくなかったんだけど・・・・・・」
閑丸「しょうがない・・・・・・今夜はこの木の下で寝るしかないな・・・・・・やれやれ」
と・・・・・・
SE どこかで、子猫の鳴き声
閑丸「んン? なに?」
SE 子猫の声、続いている
閑丸「・・・・・・子猫?」
SE 猫の声、近づいてくる・・・・・・カサカサという足音あって
閑丸「君も雨宿り? (よく見て)・・・・・・あーあ、ずぶ濡れじゃないか。さぁ、こっちへおいで・・・・・・ほら」
SE 猫の鳴き声 閑丸の所へ来る
閑丸「こんな所で何してたんだい? お父さんとお母さんは?」
間・・・・・・雨音だけが響く
閑丸「・・・・・・もしかして・・・・・・ひとりぼっちなの?」
雨音だけの間・・・・・・
閑丸「僕とおんなじだね。・・・・・・あ、お腹すいてない?
(SE ガサゴソと懐から袋を出す閑丸)干した木の実しかないけど・・・・・・」
SE 子猫、嬉しそうな声を上げ、飛びつく
閑丸「うわ、やめてよォ! あははは、くすぐったい! そんなにあわてなくてもあげるから! こらぁ! あはははは!」
SE コリコリ・・・・・・と木の実を食べ始める子猫
閑丸「(見ながら)おいしい? そうか、よかったぁ・・・・・・フフフ」
SE 子猫の甘えたような声
閑丸「え? なに? 一緒に連れてってほしいのかい? ・・・・・・ダメッ、それはダメだよ。僕と旅をすると大変なことになるからね・・・・・・
(SE 再び飛び付く猫) あッ! だからやめてってばぁ! くすぐったい! くすぐったいよ! はははは!
・・・・・・分かった分かった。じゃあ、峠の向こうまでだよ?」
SE 子猫の声
閑丸「(嬉しそうに笑って)・・・・・・ホント言うとね、僕も嬉しいよ。・・・・・・だって・・・・・・ひとりっきりでいたくない時だってあるんだもの。
こんな雨の夜とかさ・・・・・・だから・・・・・・」
と、その時!
SE ゴゴーンと天を引き裂く雷鳴
閑丸「うわあッ?!」
SE 雷の直撃で炎上し、倒れる大木
閑丸「こ・・・・・・これは・・・・・・」
声『(エフェクト処理)しずまる・・・・・・し・ず・ま・る・・・・・・』
閑丸「誰? ・・・・・・誰だッ?!」
SE 腰の刀を抜く閑丸 ※(背中では?)
閑丸「姿を現せッ!」
声『我だ・・・・・・我だよ! お前はいつも夢に見るではないか』
閑丸「鬼かッ! (猫に)後ろに隠れていて。危ないよ・・・・・・」
SE 猫の応え
声『ククク、同じ身の上同士、傷をなめ合うとは・・・・・・滑稽よなぁ、閑丸・・・・・・いや、偽りの名にとじこめられし者よ』
閑丸「うるさい! その言い方・・・・・・やっぱりお前は僕の記憶を持っているんだな?! 返せ! 今すぐ返せッ!」
声『(意地悪く)それは出来ん』
閑丸「なにッ?」
声『お前の苦しむ様は面白い・・・・・・実に面白い。もっともっとたくさんのモノを追い求め・・・・・・そして、失うがよい。
さすれば、すべての答えは手にはいるだろう』
閑丸「(キッと睨む感じ)グッ!」
声『ハハハハ! 怨め、憎め、偽りと裏切りの子よ! お前はいずれ、己の記憶と引き換えに、絶望という名の衣をまとうのだ!
ハハハハハハハ!』
閑丸「黙れ! 黙れ! 黙れぇぇぇぇッ!(飛ぶ) 五月雨斬りーーっ!」
SE 閑丸の怒りの一撃が疾駆する!
声『ハハハハ! この痴れ者(しれもの)がーーーーーッ!」
SE 落雷! 閑丸を直撃!
閑丸「うわあぁぁぁぁぁーーーーーッ!」(エコーで飛ばす)
SE 世界全体が爆発したような衝撃音あって・・・・・・!
(F.O〜〜)
同。峠道(朝)
SE 騒々しいセミの声(F.I〜〜)
閑丸「(目を覚ます)・・・・・・う・・・・・・ううん? あれ・・・・・・僕、どうしたんだ?! 鬼はッ?!」
SE セミの声だけがあたりに満ちている
閑丸「(見回し)夜が明けてる・・・・・・。それじゃあ、僕が見たのは・・・・・・いつもと同じ、ただの夢? いや、でも・・・・・・」
SE 子猫の鳴き声
閑丸「・・・・・・ねぇ、君はどう思う? ゆうべのあれはいったい?」
すると、そこへ・・・・・・
SE INしてくる親猫の声と足音!
閑丸「あッ!」
SE 親猫と子猫の声、仲良く一つに重なって・・・・・・
閑丸「なんだ・・・・・・そうか。よ、よかったね、お母さんに見つけてもらえたんだ?!」
SE 子猫、小さく一つ鳴き・・・・・・パッと草むらの中へ去る
後には、蝉時雨だけが残って・・・・・・
閑丸「・・・・・・。また・・・・・・一人か・・・・・・」
SE ざっと立ち上がる閑丸
閑丸「さぁ、行くか。・・・・・・今日は、暑くなりそうだなァ」
SE 歩き出す閑丸・・・・・・その足音が遠ざかって・・・・・・やがて蝉時雨の中に消える
(終劇)