北天に輝く七つ星・北斗七星は神闘士の守護星であり、

オーディーンの地上代行者を表す天の中枢・北極星を守る宿命の星々である。

天蓋においてその対に位置する五つ星・北曜星は、反対に北極星を脅かす星々であり、

我がアスガルドの脅威、神闘士たちの宿敵である。

~アルベリッヒ13世の回顧録より~ 



馬車はその場を走り去った。

取り残された三人の鎧の戦士たちの前で、太い木の根が何本も意志を持つかのように蠢き続けている。

「これ」

少年が口を開いた。

「動いたらダメなやつなんだよね」

「そうだ。メグレスの神闘士の隠し技」

答えた若者は隣の少女に声をかける。

「フリムファクシよ。あの方の小宇宙を追えるか」

少女は僅かに頷いた。




アルベリッヒが御者を務める馬車は森の中の館を離れ、市街地を逸れ、

アスガルドの中でも人のほぼ住まない、険しい山脈の方向へと走る。

数時間後、日も落ち夜の帳が降りた頃、馬車は山脈の麓のある森に入った。

馬車の中から、ヒルダは夜空を見上げる。

夜空に浮かぶ歪な形の弓……所によっては錨にも例えられた、五つ星が目に映る。

うち地上からは下部に見える三つの星が、異様なまでの煌々とした輝きを放っていた。

まるで三つの満月のようであった。



森の中心部には一軒の館が立っていた。

周囲は全て黒々とした樹々に覆われ、僅かに狭い庭があるのみである。

この森はかつて、大木に隠されていたメグレスの神闘衣が出現した場所だった。

「ここは我がアルベリッヒ家の別邸だ。存在を知る者は殆どいない。とはいえ、奴らに対して有効な隠れ家になるかはわからん」

ヒルダとトールの二人を一室に案内したアルベリッヒはそう言うと、手にした小さな燭台をテーブルに置いた。

窓に歩み寄りカーテンを僅かに開き、外を覗く。

「フン。早速突き止められたか」

振り向いた彼は、窓へ向けて親指を突き出した。

トールは窓に歩み寄り、外を覗く。

闇の中、門のすぐ前に先程の鎧姿の三人が見えた。



アルベリッヒは思案する。

(精霊たちが奴らを通した……というよりも反応しなかったのか?

ならば奴らはネイチャー・ユーリティーを発動させないコツを知っているのか、もしくは……)

トールとヒルダを振り向くと、

「とりあえず、俺の罠が上手く作動しなかったということだ」

肩を竦めてアルベリッヒは続けた。

「さすがは皇闘士、といったところかな」

「ラグーナ?」

「そうだ。北曜星、俗にカシオペア座と呼ばれる、あの北天の五つ星を宿星とする者どもがアスガルドに甦ったのだ」

「その北曜星、ヒルダ様を狙う星々だと貴様は言ったな。一体どういうことだ」

「我が先祖、アルベリッヒ13世が書き残していた。天空で北斗七星と同様に北極星を指し示す北曜星は

オーディーンの地上代行者を抹殺するための星だ、とな」

トールは目を見張り、アルベリッヒは彼を見てニヤリと笑みを浮かべる。

「そんな話は聞いたことがないぞ。出鱈目ではなかろうな!」

トールの威圧的な声にもアルベリッヒは動じない。

「そもそも、北斗七星の神闘士も謎と伝説に包まれ、数千年の間地上に存在しなかったのだ。

皇闘士ラグーナはそれ以上に情報が乏しく、今のアスガルドではほぼ忘れ去られている。

オーディーンの地上代行者であらせられた"ヒルダ様"ですら初耳らしいことを……そうだな?」

アルベリッヒは侮蔑の視線をヒルダに向け、続けて嘲りの目でトールを見た。

「一介の狩人あがりに過ぎんお前が知らなくても無理はない」

彼は言葉を続ける。

「俺は13世の残した資料を元に調査を開始した。皇闘士ラグーナの痕跡はアスガルドではなく、ヴァナヘイムに幾らか残っていてな」

「ヴァナヘイムに……」

ヒルダが呟く。

ヴァナヘイムはかつて、アスガルドと交戦状態となったこともある隣国である。

その民はオーディーンを崇めることはなく、魔法に長けた豊穣を司る神々を崇拝しているという。

神闘士の一員であるベネトナーシュのミーメは元来ヴァナヘイムの戦士の息子であり、

赤子の頃両親がアスガルドのかつての勇者フォルケルとの戦いで死亡したため

アスガルドに連れ帰られ、フォルケルの子として育てられたという過去を持っていた。

「ある神の崇拝に関連して……まぁ、それはよかろう」

そしてアルベリッヒが語った、皇闘士ラグーナなる者たちについての情報は次のようなものだった。




悠久の昔、北欧の神の国アスガルドは動乱が続き、常に不安定な状態であった。

オーディーンの地上代行者も幾度も交代し、およそ道徳心や慈悲を持ち合わせない荒くれ者が代行者となることすらあったという。

しかし神の理は守られなければならない。よって代行者を巡って、いつしか二つの勢力が存在することとなった。

「それが代行者が善政を為す間その身を守る北斗七星の神闘士ゴッドウォーリアーと、

代行者が邪悪を為せばその処刑を引き受ける、北曜星の皇闘士ラグーナなのだ」

「……」

「だが世界から巨人族や怪物たちが消え平和が浸透するにつれ、

オーディーンの地上代行者は代々ヒルダの名を持つ女が務める慣わしとなり、

神闘士と皇闘士ラグーナ、それぞれの存在意義は時代と共に忘れ去られた。

神闘士はいつしか伝説の存在となり、皇闘士ラグーナに至ってはもはや知る者すらほとんどない。

ところでシドの兄、影としてその存在を定められたバドという男が出てきただろう。

何故神闘士に影が存在するのか。その理由も、太古の時代に端を発しているのだ」

アルベリッヒはさらに、次のような内容を語る。

神闘士と代行者の関係とは、本来情など介さぬもの。

代行者が善政を敷いている間は命を賭けてその身を守るが、邪悪に堕ちれば守護を解き、現われた皇闘士に代行者の処分を任せる。

そして神闘士は次に選ばれた代行者を守る。

しかし中には情もしくは意地に囚われ邪悪に堕ちた代行者にあくまで忠誠を尽くさんとするもの、

または己の野心ゆえに代行者を死の運命から救おうとする神闘士もいたという。

「その時はその神闘士も、皇闘士ラグーナの粛清対象となる。

そして、影と定められていたいわば予備の神闘士は、粛清された神闘士に代わって正規の存在となる、というわけだ。

これで貴様らにも理解できただろう。奴らは邪悪に堕ちた代行者であるヒルダの抹殺のためやって来た、という事をな」




「彼らが現れたのは、次の代行者がワルハラ宮はフリーズスキャルヴの玉座に就き、

アスガルドに新たな秩序の兆しが見えたから……なのでしょうね」

ヒルダは目を伏せ、静かに言った。

「それならば私の運命も決まりました」

トールが悲痛な目をして彼女を振り向く。

「ヒルダ様……ヒルダ様! しっかりしてください!」

彼女に向き直ったトールの大声に、一瞬ヒルダの身が緊張する。

「そんなことが許されていい筈がない!」

フン、とアルベリッヒはトールの様子に笑った。

「愚か者が。許されていい筈がないのは、邪悪の手に落ち役割を放棄し、アスガルドを破滅に晒しオーディーンの名を汚した、

無能な代行者の存在だ。貴様の個人的感情など問題にもならん」

冷笑を浮かべ侮蔑の眼差しでヒルダを流し見た彼は、再びカーテンを引く。

「あれを見ろ」

闇の中立ち続けている三人の戦士、アルベリッヒによれば地上代行者の処刑人であるという皇闘士たちから小宇宙が立ち昇り、

周囲に網の目のように広がっている。

「奴らは小宇宙を合わせて目に見えぬ檻を作っている……言い方を変えれば、結界を張っている。

おそらくこの屋敷と周辺一帯が囲まれているだろうな」

アルベリッヒは手を放し、カーテンが窓の外の景色を覆い隠した。

「突破すれば、ジークフリートはじめ神闘士どもに連絡できる。あの愚直な奴らの大半はトールよ、

貴様のようにヒルダの処刑に納得しないだろうからな。

集結すれば七対五、数で皇闘士に勝る。奴らを倒せば、ヒルダに手出しする者はいなくなるというわけだ」

現在アルベリッヒは神闘士の身分を剥奪されている。

七人は本来の北斗七星の神闘士ではなく、ミザールのシドの兄という男……

影の神闘士である、アルコルのバドが含まれているのだろう。



「この俺が協力してやる。結界を破れるか試してみよう」

そう言うと、アルベリッヒは扉へ向かう。

「部屋は幾らでもある。好きな所で休んでいろ」

言葉と同時に扉が閉められ、ヒルダとトールが後に残された。




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