ヒミンビョルグに巨大な館の集合体・ビルスキールニルが復活すると同時に、アスガルドの上空は瞬く間に厚い黒雲に覆われ、星々の光は掻き消えた。 雲の間を、巨大な雷が天を引き裂く如く縦横無尽に疾走し、アスガルド全域の空に広がっていく。 しばらくしてアスガルドの大地にも次々と巨大な雷が落ち、彼方此方で火の手が上がり、その後途切れることなく落雷が閃き続けた。 明らかに、尋常な雷ではなかった。 落雷が数知れず同時多発し、アスガルドに轟き続ける異常事態の直前まで、アルコルのバドを含めた5人の神闘士たち……ジークフリート・ハーゲン・シド・ミーメはヴォルヴァの呼びかけに従い、 アスガルドの人々の避難誘導を続けた。 バドは避難指示を出すため、馬を駆ってアスガルドの人里でも遠方の村々へと向かった。 他の者たちは誘導が一段落して後、ヴォルヴァから謁見室への招集を受け、神闘衣を纏って謁見室に集う。 そこにはフェンリルも、アリオトの神闘衣を纏ってやって来ていた。 白い猛禽ソグンと、長毛の猫フリフ・トリーグルに付き添われた小さき巫女ヴォルヴァが掛ける玉座・フリーズスキャルヴの前で跪く5人の神闘士たち。 その時謁見室に、侍従長であるグンナルが入ってきた。 「ヴォルヴァ様。只今、あの者が到着しました」 「とおしなさい」 グンナルは一礼し、謁見室の扉へと向かったが、その顔色が常になく良くないのをジークフリートは目の端に留めていた。 そして兵士たちに付き添われて、一人の小柄な男が謁見室に入室してくる。 「デルタ星メグレスのアルベリッヒ、お召しにより参上いたしました」 胸部の歪んだ神闘衣を纏い、その手にヘッドパーツを持った彼は、玉座のヴォルヴァに対して頭を下げた。 ハーゲンが眦を吊り上げ、電光石火に立ち上がると拳を握り向き直る。 「ハーゲン! 控えよ」 ジークフリートの声が鋭く飛ぶ。 「だがこいつは!」 「ヴォルヴァ様の御前だぞ」 ハーゲンの動きが止まった。 「フフ。相も変わらず、荒くれ馬というより猪突猛進と呼ぶ方が相応しくていらっしゃる」 アルベリッヒがニヤリと笑いながら言った。 再び拳を握ってアルベリッヒに向き直るハーゲンに対し、 「束ね殿が言われたように、ヴォルヴァ様の御前です。それと私が裏切るとお考えならば、その心配は無用」 アルベリッヒは続ける。 「この異変は、古来神闘士と対の存在であった 奴らの特技は小宇宙を合わせて作る檻。神の力が加わり、その檻は今やアスガルド全域を覆いつくしている。 つまり、現在アスガルドには何人も立ち入ることができず、また何人も逃げ出すことは叶わない状況なのです」 彼はどこか優越の色を宿した目で、神闘士たちを見た。 「私はヴォルヴァ様より次のようなお言葉を受け取りました。これよりアスガルドに起こる異変とは神々の黄昏、ラグナロクであると」 神闘士たちの何人かが、驚愕の表情を浮かべる。 それは神話に伝えられる世界の終わり。 「それが雷霆神と ニヤリと笑みを浮かべ、 「それは困るのでね。協力は惜しみませんよ」 ハーゲンは歯噛みしながら、そう言ったアルベリッヒを睨みつけている。 「ハーゲンよ」 シドが声をかけた。 「奴はアスガルド随一の知識家を輩出してきたアルベリッヒ家の後継。 今このアスガルドにおいて、最も敵に関して知識を持つのは奴だ。役に立つのは間違いない。頭を冷やせ」 「さすが、シド殿は冷静でいらっしゃる」 「ヴォルヴァ様、突然発言しました事をお許しください」 アルベリッヒの言葉には全く反応せず、シドは跪いたままで一礼し、 「ゆるします」 玉座の小さき巫女ヴォルヴァは答えた。 アルベリッヒは、玉座のヴォルヴァへと向き直り跪く。 「ヴォルヴァ様。一つお願いがございます。このアルベリッヒに、ワルハラ宮の書庫を改めさせてはいただけませぬか」 その書庫はワルハラ宮内でも地上代行者以外は自由に立ち入ることのできぬ、禁断の場所であった。 「きょかします」 「ありがたき幸せ」 アルベリッヒが頭を下げたが 「ヴォルヴァ様! この極刑に値する裏切り者に、そのようなことをお許しになるのですか!」 ハーゲンが怒鳴るように抗議した。 「いまは、あなたがたのだんけつがひつようなときなのです」 「私はこいつを神闘士とは認めません!」 「シドが言ったように、 ミーメが言った。 「囚われたヒルダ様とトールを救出することは叶わない。我々には誰一人として、敵についての知識はないのです」 ハーゲンに向けて言ったミーメは、正面のヴォルヴァに顔を向ける。 「ヴォルヴァ様、許可なく発言したことをお許しください」 「ゆるします。では、これより」 玉座のヴォルヴァが言い、その手にした黄金の槍ゲイラヴォルが揺れと同時に煌めいた。 「あなたがたにけいじをあたえます」 in Bilskirnir ぴちゃりと、水滴が牢内で横たわる女性の頬に落ちる。 ポラリスのヒルダは目を開いた。 轟きの音が幾度も響き、それらが落雷であるらしいと気づく。 身を起こし、自身が牢獄内にいることを認識したヒルダはふと、人の気配を感じる。 牢獄の格子の前に、ほっそりとしたシルエットが見えた。 腰から何かを抜き取り構える。 「来い、ゴーイン、モーイン!」 その構えはつい先ほど目にしたばかり、と思う間もなく 牢内の冷たい床から二つ伸び上がってきたものがあった。 ゴーインとモーイン。 宇宙樹ユグドラシルに巣食う蛇たちのうち、吼えるもの・荒野に住むものという名を持つ二匹である。 「……!!」 ヒルダの身は蛇に締め上げられ、床に押し付けられた。 牢の入口の戸を開け、入ってきた鎧を纏った少女はヒルダの上に、手にしたルーン文字の刻まれた短剣を振り上げる。 「死ね」 冷たい声がヒルダの上に落ちた。 ヒュッ、と風が吹く。 「!」 短剣を振り上げた少女は、いつの間にか牢内に入ってきた者に羽交い絞めにされ、そのまま牢から引きずり出される。 「……ラタトスク!」 悔しげに少女が叫び、ラタトスクと呼ばれた鎧を纏う少年は手を離し、彼女の頬を張り飛ばす。 少女が手にしていた短剣が転がり、金属音を立てた。 牢の前の通路の壁にも、数本の蝋燭を刺した燭台が取り付けられており、その灯りで少年の顔がはっきりと見える。 牢の扉を再び閉ざした"ラタトスク"は緩やかな巻き毛を持ち、パッチリした目の可愛らしいとすら言える風貌をしていたが、吹き飛んで床に倒れ込んだ少女を見下ろし、 「バカかよ、テメーは!」 大声で乱暴に吐き捨てる。 「別にその女がどうなろうが知ったことじゃないけどさ、フロルリジ様の屋敷をお許しもなく血で汚そうとかよぉ……てめぇいっぺん死ぬか!?」 「何があった?」 声がして、牢獄の入口の方から今一人、二人同様鎧を着用している若者が駆け付けてきた。 「このバカアマが先走って罪人を勝手に処罰しようとした。だから制裁」 少年はそう若者に答える。 「やれやれ……。その方の処遇はまだ決められていないのだぞ」 若者は牢の中の、蛇の |