in Walhalla ヴォルヴァより啓示を受けた神闘士たち、アルベリッヒを加えた6人はワルハラ宮の一室に集まり、今後の対策の協議に入った。 未だ避難誘導から戻らないアルコルのバドに対しては、後ほど協議の結果をまとめて伝えることになった。 ジークフリートが、ちらりとアルベリッヒに目を向ける。 「その神闘衣、どうした」 「ああ、これですか」 神闘衣の胸部分には、大きな拳の形の窪みがくっきりと残っていた。 「時間があれば修復者に持ち込むところですが」 ふっと冷笑を浮かべるアルベリッヒ。 「そういえば、あの女はまだ動けない状態でしたか」 ハーゲンが再び、アルベリッヒを視線で射殺さんばかりに睨みつけた。 「貴様。事が片付いた時、無事にワルハラ宮を出られると思うなよ」 冷たく吐き捨てられた言葉に、アルベリッヒは僅かに肩を竦める。 ハーゲンは彼に背を向け、靴音も高く部屋を出ていった。 ジークフリートとシドは目配せし合い、シドが続けて部屋を出る靴音が響く。 「ハーゲン。待て、ハーゲン!」 シドがワルハラ宮の廊下を足早に進むハーゲンに追いつき、前に回り込む。 「落ち着け。ヴォルヴァ様のおっしゃったように、今は我々の団結が必要とされているのだ」 怒りの消えない表情のハーゲンだったが、シドは彼の肩に手を置き言った。 「聞いた話だが、 「いきなり何の話だ!」 「今回アルベリッヒの身に起きた事は、それとは完全に真逆」 いきり立つハーゲンに、シドは冷静に続ける。 「事実として、あれは神闘衣がアルベリッヒを庇った証明。奴は神闘士として必要と、神闘衣に判断されたということだ。 その値打ちがなければ、今頃ここに立つことも叶わなかっただろう」 シドの言葉が意味しているのは、メグレスの神闘衣に残った窪み。 あの大きな拳の跡は、おそらくフェクダのトールのもの。 彼の温厚さは、指輪の変の折の僅かな接触でも充分に感じ取れた。 そんな男が、アルベリッヒに対し一体どれほどの怒りを抱いたのか。 何があったのかはわからないが、歪められたメグレスの神闘衣からはトールの激情が伝わって来ていた。 「とにかく今だけは、アルベリッヒの所業は忘れろ。正直に言って」 ハーゲンの肩に手を置いたまま、シドは耳元に顔を寄せて言った。 「お前が先ほど奴に告げたのと同じことを、俺も考えてはいるが」 シドのその言葉に瞬きしたハーゲンは、ふっと笑みを浮かべた。 「だが、奴をぶちのめすのは俺が先だぞ! 戻るか」 そう言うと、ハーゲンはシドを押しのけるようにして、出てきた部屋に向かい歩き出す。 協議の場と定められた部屋の扉が開き、ハーゲンとシドが入室してきた。 「おや、戻っていらっしゃいましたかハーゲン殿」 アルベリッヒが言った。 部屋の中央には大型の机があり、その周囲に神闘士たちが陣取っていた。ハーゲンは言う。 「 「言われるまでもありませんよ」 「先程のお前の言葉からすれば、 ジークフリートが言った。 「ええ。ですが奴らには古来より、地上代行者に関わる重要な使命があったのです」 アルベリッヒは神闘士たちに、別邸で語ったと同じ説明をする。 「しかし、オーディーンの地上代行者が道を外れた際制裁を下す役割の その謎は我がアルベリッヒ家の蔵書を以てしても解き明かせませんでした。ただ我が先祖アルベリッヒ13世は、その回顧録に次のような文章を残していたのです」 神闘士たちを見渡し言葉は続く。 「 ヴォルヴァ様の御許可をいただいたので、後程ワルハラ宮の書庫を改め、それらの件について調べるつもりです」 「そんな知識がこの状況下、何の役に立つ!」 ハーゲンが鋭く言い放った。 「 フ、とアルベリッヒは軽く冷笑を浮かべる。 「何ら正しい知識もなく闇雲に突進した結果どうなるかは、あなたも先の指輪の変でよくおわかりになったと思っていましたが……」 ハーゲンはアルベリッヒの前に歩み寄ると、アンダーの首元を掴み上げる。 シドが身を乗り出すが、ジークフリートが腕を差し伸べ制止した。 「……いちいち癇に障る奴だ!」 そう怒鳴りつけ、ハーゲンは乱暴に手を離す。 ミーメは何ら気のない様子で佇み、フェンリルは眉をひそめている。 「先程のヴォルヴァ様の啓示を思い出せ」 ジークフリートが低い声で告げた。 「あの光景を現実のものとさせぬために、我々は雷霆神と 沈黙が部屋に満ちたが、神闘士の何名かはその言葉に感銘を受けたようだった。 その中で、フェンリルは唇を噛んでいた。 (その雷霆神は……トールに憑依してるんだろう?) 首元を掌で払ったアルベリッヒが、再び口を開く。 「では書物の知識でなく、この目で見た情報をお伝えするとしましょう。私は奴ら全員を把握しましたからね。 北曜第一星と北曜第二星、 北曜第三星から第五星までの三人は、若い男と少年と女。ワルハラ宮に戻ってから聞いたのですが、皇闘士復活と相前後してアスガルドから数名の行方不明者が出たとか」 ジークフリートはアルベリッヒを見ながら考える。 (既に情報を集めていたか……油断ならんな) 「行方不明者はフェクダのトールと同じ村に住む娘、もう一人は別の村の農夫の息子。 そいつはヴォルヴァ様が俗世にあった時の兄だとか。女は確実にトールの村の娘でしょう、トールも知っていたようですから。 そやつらが戦神テュールと光神ヘイムダルによって、短期間のうちに何らかの手段をもって皇闘士に仕立て上げられた……と見て間違いないかと」 ( その情報網は、アルベリッヒが叛逆者となって以降も、少なくとも一部は生きている。 「そして残る一人は、私が顔を知る者です。私だけではない。束ね殿、ハーゲン殿、シド殿。あなた方も見れば瞬時にわかるはず」 アルベリッヒは怪訝な気配を漂わせている3人の神闘士を見て、くすりと笑う。 「ディートリッヒ家が知れば、上を下への大騒ぎでしょうね。こともあろうに、嫡男がアスガルドに反する存在となったのですから」 「……侍従長グンナルの息子か」 眉をひそめてシドが言った。 先程のグンナルの青褪めた顔面。 一度は叛逆者となったアルベリッヒを再度城内に入れることに対しての抵抗と緊張か、とジークフリートはその時判断したが、 (どうやら真の理由は息子にあったようだな) そう考えを改めた。 in Bilskirnir 若者はヒルダに声をかけた。 「大丈夫ですか、ヒルダ様」 「あなたは……」 ヒルダは身を起こし、鉄格子越しに若者を見る。 アルベリッヒ家別邸跡で声を聞いた時にまさかとは思ったが、やはりワルハラ宮で日頃目にしていた顔の一つであった。 アッシュブロンドを後ろにかき上げた髪型の若者は、ふっと笑う。 「元はワルハラ宮にて父の指示の下、侍従を務めておりましたが、今の私は――北曜第三星・ツィーを宿星とする グンターと名乗った青年の出身家系は、ワルハラ宮において代々侍従長を務める名門。 ミザールのシドとその兄アルコルのバドの生家・フルドゥストランディ家、そしてメグレスのアルベリッヒことアルベリッヒ19世の生家・アルベリッヒ家と肩を並べるディートリッヒ家である。 その家長であり現在の侍従長グンナルは、今格子越しにヒルダの前に立っている青年の実父であった。 「北曜星の ヒルダの問いかけにグンターは頷く。 「は。ヒルダ様の宿星、北極星ポラリスを指し示す北曜星は、同じくポラリスを指し示す北斗七星の対に位置する五つ星。 我らはその宿命を受け、アスガルドに復活したこれなる鎧、皇闘衣(レギンローブ)を授かったのです。 私を含めた三名は、かつてオーディーンの随神であられた戦神テュール様、同じく光神ヘイムダル様によって選ばれました」 彼は誇らしげに続ける。 「お二方はオーディーンの長子であらせられる雷霆神フロルリジ様の下、真なる神の世界ギムレーを復活させるべく、アース神族の頂点にありながら、敢えて皇闘士の長となられたのです」 「ギムレー……」 ヒルダは茫然と、鸚鵡返しに呟くほかはなかった。 "炎より護られし天"を意味すると言われるギムレーとは、北欧神話において神々と巨人族が神々の黄昏……ラグナロクと呼ばれる最終決戦で共に壊滅し、 世界が劫火に包まれ滅んだ後に、地上に降臨する新たな世界とされている。 ギムレーの復活。 それが意味するのはすなわち、ラグナロクによる現在の地上の滅亡。 「僕は北曜第四星、ルクバの 頭の後ろで手を組み、壁に凭れていた少年が言った。 しばし沈黙が流れ、 「おい、お前も名乗れよ」 シャールヴィが不機嫌な声で、うずくまったままの少女に言う。 「北曜第五星セギンの 少女はヒルダから顔を背け、不機嫌に言った。 「あなたはトールの村の……あの時の娘さんですね」 「うるさい!」 ヒルダの呼びかけに、少女が怒鳴り返す。 その青い目は怒りに吊り上がり、憎悪と嫌悪に満ち満ちていた。 あの時と全く同じ表情だった。 「この魔女! 悪魔! 人殺し!」 寝間着姿のままやって来て、村人たちに押さえ込まれながら、悪鬼の如き形相でヒルダを睨みつけ泣き喚いていた、金髪の少女。 「何が神の代行者だ! お前がトールを殺したんだ! 何もかもお前のせいだ!!」 ヒルダはその時生まれて初めて、他人から剥き出しの怒りと憎悪を叩き付けられたのだった。 ヒルダを庇うように前に立っていた妹フレアも、気丈に振舞っていたがその体は小刻みに震えていた。 人々のために、地上の平和のために祈りを捧げ続けてきた姉が、アスガルドの民の一人にこれほど憎悪されている事実が耐え難かったのだろう。 その時、村人たちと姉妹の前に、黄金の槍を持ち、白い猛禽と長毛の猫に付き添われた、幼い少女が現れた。 彼女は大きな棺を覗き込み、中に横たわっていたフェクダのトールの遺骸に槍をかざす。 光の洪水と共に彼の目が再び開く、という奇跡がなされ、 ワルハラ宮からやって来た使いによって、少女は6人の神闘士とアルコルのバドも再びこの世に呼び戻す奇跡を為していたことがヒルダに知らされたのだった。 「なんでこんな役立たずのゴミクズ女なんか、テュール様たちわざわざ連れて来たんだろ? こんな奴、このフロルリジ様のお屋敷に存在するのも汚らわしいくらいだけどさ」 シャールヴィが言うと、牢獄のヒルダの前に近づいてきた。 「でもフロルリジ様は慈悲深いお方だし、お気に召せば酌婦か下働きくらいはさせてくださるかもしれないよ。 どう? これからはフロルリジ様に仕えるおさんどんになって、この雷霆神の光輝なる坐処、ビルスキールニルの床を這いずり回りながら生きてみるかい? 」 そのまま鉄格子越しにヒルダを覗き込む。 「数えきれないくらい部屋があるし、掃除のし甲斐はたっぷりあるよ」 「雷霆神フロルリジは……トールを依り代に降臨したのですね」 悲痛の表情を押し殺し、ヒルダはきっと顔を上げ 「フロルリジは、今どこにいるのですか」 「あ?」 少年の表情が、見る間に凶悪さを増し 「さ・ま・を・つ・け・ろ・よ」 一語一語、ゆっくり発言しながら凄む。 「お前如きが、アース神の中のアース神を呼び捨てにできるとでも思ってんのかよ!」 シャールヴィの目に怒りが宿り、彼は怒鳴り散らす。 「てめぇの立場を弁えやがれ! 何をエラッソーに、このクソアマがぁ!!」 蹴りが放たれ、鉄格子がガシャンと激しく鳴り響く。 拳を振り上げ、なお喚き続ける少年の肩をグンターが掴んだ。 「落ち着けラタトスク! ……ヒルダ様、ご容赦を。こやつはフロルリジ様への忠誠が厚すぎる故に、どうも見境をなくすことがありまして」 シャールヴィを押さえつけながら、グンターが言い訳を口にした時。 「おやおや。何を騒いでいる」 朗々とした、しかしどこかのんびりとした声がした。 ヒルダが収監された牢獄の前、廊下の突き当りの入り口に二人の男の姿があった。 三人の グンター、シャールヴィの二人がすぐさまその場で跪き、スカディことスルーズも慌てて二人に倣う。 アルベリッヒ家別邸跡に降臨した、二柱の神。 オーディーンの随神であった、戦神テュールと光神ヘイムダルを、ヒルダは強く見据えた。 かつてオーディーンと共に、神の國アースガルズを建国したと伝えられる神々。 しかし今の彼らは間違いなく、アスガルドの脅威なのだ。 |