オーディーンの随神たちは、ヒルダの収監されている牢の前、跪く3人の皇闘士ラグーナたちの前にやって来た。

「お騒がせして申し訳ありません。フリムファクシが先走ったようでして」

「申し上げます、テュール様、ヘイムダル様。オーディーンの地上代行者としてあり得ない失態を犯した者など、生かしておく理由があるのでしょうか?」

ダーインのグンターの言葉を遮り、スカディことスルーズが声を上げた。

「私たち皇闘士の最大にして最優先にすべき使命を、先延ばしにする必要があるのでしょうか?」

言い募るスルーズを前に、

「ふぅむ。確かに先走っているかな」

のんびりと、光神ヘイムダルが言った。

「何せそこの元北極星の娘は、もう地上代行者ではないからね」

彼は牢内のヒルダへと顔を向ける。

白金髪プラチナブロンドの、非常に長い髪と純白の肌、光によって色合いの変わる瞳と整ったかんばせを持った美しき神。

故に北欧神話においては、ヘイムダルは"白きアース神"の美称を持つとされ、彼よりも美しい神はアース神族の中では、

五皇子の中で最もオーディーンの寵愛を受けたという、聖光神ヴァルドルのみであったという。

愕然とした表情になったスルーズは、ヘイムダルの隣に立つ戦神テュールに縋るような視線を向ける。

「テュール様……まことなのですか。つまりヒルダは我々の標的ではない、と……?」

「然り」

冷たく厳めしい表情をしたテュールが、重々しく口を開いた。

「我らの粛清対象となるのは、あくまで現時点でオーディーンの地上代行者の座にありながら邪悪に染まった者」

そしてそれきり口を噤む。

後を引き継ぐように、ヘイムダルが語り出した。

「現在ワルハラ宮の主となっているヴォルヴァと呼ばれる娘は、何ら問題を起こしておらぬからね。

先代の代行者がどのような所業を為そうとも、既にフリーズスキャルヴに座す者でなければ、我らの使命の対象外なのだよ」

「そんな……ヒルダを処刑できるとおっしゃるから、私は皇闘士ラグーナとなったのに……それなら一体何のために!」

「だがその女はそれとは別に」

再び降ってきたテュールの声に、スルーズははっと目を向ける。

「フロルリジ様にとり、怨敵ともいうべき存在である」

テュールは口を閉ざし、再度、ヘイムダルが柔らかく言った。

「フロルリジ様は神闘士の束ね、最強の男である"竜殺しのヴェルスング"……すなわちドゥベの神闘士・ジークフリートを倒すことをお望みなのだ。

元北極星の娘の命運も、ジークフリートと共に尽きよう。

かつて神話の時代、フロルリジ様に無礼を働いた者たちは、フロルリジ様御自らの手により処刑される定め」

冷たく険しい表情の戦神・テュールがスルーズを見下ろし、峻厳な声で言った。

「お前は神の獲物を横から奪う不敬を侵すつもりか」

皇闘士スカディ……元々は村娘スルーズであった少女の顔が、みるみる明るさを増す。

活き活きと輝いたその瞳は、彼女が体勢を改め、頭を垂れたことにより隠れる。

「おお、テュール様、ヘイムダル様。私めがあさはかでございました。非礼をお許しください」

「そういうことだったんだ」

シャールヴィが呟いた。

一方牢の中のヒルダは、ヘイムダルの言葉に愕然としていた。

何故、雷霆神フロルリジがジークフリートを?

しかしこのまま黙っているわけにはいかない。

彼らがラグナロクを起こすつもりでいるのならば、何としてでも止めなければ。

「戦神テュール、光神ヘイムダルよ。フロルリジに会わせてください」

ヒルダは牢内から、彼らに向かって声を張り上げた。

「かつてアースガルズにあった頃、ヴェルリーザ・ヴィン(人間の友)と呼ばれるほどに人々を愛したフロルリジが、

ラグナロクを起こし地上を滅ぼそうとするなど……あってはなりません!」

「言ったばかりだが、そなたはもう地上代行者ではないのだよ。その意味を考えてみてはどうかな」

ヘイムダルが緩やかに言う。

「囚われの罪人でありフロルリジ様による処刑を待つ身のそなたが、果たしてフロルリジ様にお目通りを願える立場であるかを」

「ラグナロクはフロルリジ様の御意志である」

テュールが告げ、またしてもそれきり口を閉ざす。

「ラグナロクがどのように始まり、どのように終わるか。オーディーンの地上代行者であったそなたならば、言わずともわかるはずだね」

ヘイムダルが薄く微笑んだ。

「間もなくブレサネルグの封印が解かれ、冥府と繋がる通路が開く」

再び響いたテュールの冷厳な声に、ヒルダは目を見開いた。






in Walhalla

協議を終え、ワルハラ宮の一室に落ち着いたジークフリートは思い出していた。

謁見室にて、地上代行者ヴォルヴァによって見せられた啓示を。

世界の終末・神々の黄昏ラグナロクは、

アスガルドが面している北極海……オーディーンの地上代行者が、氷が溶け出し世界が水没せぬよう、オーディーンに対し祈りを捧げ続ける海の中心部、

古来よりブレサネルグと呼ばれている地点の封印が解かれることで始まる。

厚い氷塊によって常に固く閉ざされているブレサネルグは、冥界と繋がっているという伝説を持つ。

そして伝説は、こう続いていた。

ラグナロクが訪れるその時、封印が解かれ、地上と冥界を繋ぐ航路となったブレサネルグを通過し、地上に現れるのはナグルファル。

"死の軍船"と呼ばれる、悍ましき巨大な船である。




ヴォルヴァが神闘士たちに与えた啓示は、生々しき幻影であった。

ナグルファルは武装した冥界の亡者を満載し、アスガルドの岸辺へと着岸する。

亡者どもはアスガルドに攻め込み、武器を振るい邪悪な小宇宙を放って人々に襲い掛かり、アスガルドの大地を鮮血で染めつくすだろう。

オーディーンに祈りを捧げ、地上に蔓延る邪念を浄化する役割を持つアスガルドの民が亡者どもによって殲滅される事で、アスガルドは滅亡する。

その時神聖な大地は汚され、それによって"滅亡域ムスペル"の封印が解かれるという。



ムスペルは北欧神話によれば、世界の終末に攻め込んでくる謎の軍勢と伝えられているが、

同時に世界の生成においては"星々の生まれた母体"であった、とも語られている。

故に世界の生成に関わった際は"創生域ムスペル"と呼ばれ、

世界の終末に現れる際には"滅亡域ムスペル"と呼称されるのである。




(我々が為すべきことはラグナロクの阻止。

そのために皇闘士ラグーナを倒し、最古の二神が持つ剣を破壊しなければならぬのだ)

ジークフリートは拳を握る。




ヴォルヴァは神闘士たちにこう告げた。

ラグナロクを起こすのは、最古の二神・戦神テュールと光神ヘイムダルがそれぞれ所有する剣であると。



かつてオーディーンと、その身を守護する随神たち……最古の三神と呼ばれる神々はそれぞれ特殊な力を宿した神聖なる剣を持ち、

故に神話の時代には"つるぎの兄弟たち"とも呼ばれ敬われていた。

主神オーディーンが所有するのが、聖剣バルムング。

あらゆる邪悪を断ち切ることのできる清浄なる剣(つるぎ)。

正式な名称は、グラム・バルムンクという。

元の名を〔神殿の守護者〕ヴェー、現在は戦神テュールと名乗る神が所有するのは"神剣"リディル・レギンレイヴ。

元の名を〔意志の体現者〕ヴィリ、現在は光神ヘイムダルを名乗る神が所有しているのは"魔剣"ヴォウズ・アンゲイヤ。

テュールの神剣は、冥界からの通路ブレサネルグを開き、死の軍船ナグルファルを召喚する装置の役割を果たし、

同様にヘイムダルの魔剣は、ナグルファルの亡者がアスガルドの人々を殲滅して後に、滅亡域ムスペルを召喚する装置となる。

ムスペルは大いなる劫火となり、やがて地球内部のコアの噴出を誘導し、この惑星そのものの破滅となるであろう。




ジークフリートは小宇宙を燃やす。

バドがワルハラ宮に帰還すれば、彼に協議の結果を伝えて

神闘士たちは雷霆神の館・ビルスキールニルへと向かう手筈になっていた。

その時、ドアが激しくノックされる。

「ジークフリート様! 失礼いたします!」

ドアを開けて、兵士が慌ただしく入室してきた。

「どうした」

「フェンリル様が……フェンリル様が単身でビルスキールニルへと向かわれました!」

「何?」

思わぬ報告に、ジークフリートは兵士に向き直った。

 




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