アスガルドの王宮であるワルハラ宮の一室。窓際に、神闘士の束ねドゥベのジークフリートが立っていた。

窓の外は夜の闇。星の瞬きが見える。

「ジークフリート」

誰かが入室してきた。

同じく神闘士の一員であり、名門貴族フルドゥストランディ家の嫡男・シドであった。

報告が上がってきたようだ。

ジークフリートは彼に向き直る。

「ヴォルヴァ様の身元が判明した。名乗り出た農夫の娘で間違いないと確認が取れた、とのことだ」

「そうか」

「それと、ドゥベとアルコルの神闘衣が完全に修復済みなのも確認された。不幸中の幸いだったな」

現在、アスガルドは神闘衣修復者の身に降りかかった災いについての話で持ちきりだった。

伝説の神闘衣の修復技術を代々受け継いできた"沈黙の一族"の長であるグリーズは数日前、自宅で襲撃され

重傷を負ったが一命を取り留めていた。

グリーズにはヴィダルという幼い一人息子がおり、彼が襲撃者の隙を突いて逃亡し、ワルハラ宮まで変事を伝えたのだ。

"元"メグレスの神闘士・アルベリッヒが、母を傷つけた下手人であることも。



先の聖闘士との戦いの終結後、8人の神闘士たちは彼らが埋葬されようとする現場に突如現れた少女……

現在、新たなオーディーンの地上代行者として玉座についている"小さき巫女"、

代行者としてはヴォルヴァと呼ばれている……の手によって復活した。

先の地上代行者・北極星ポラリスのヒルダは少女の力とオーディーンによって遣わされた事実を認め、

彼女を次の代行者と定めて玉座を譲った。

そして神闘士の一員であったメグレスのアルベリッヒは地上代行者への裏切り行為を企てた事を白日の下に晒され、

反逆者として追われる身となった。

アルベリッヒ家とそこに連なる者たちは謹慎と沈黙を余儀なくされ、ワルハラ宮での影響力を全て失い事実上失脚した状態である。

しかしアルベリッヒ本人は追っ手のかかる前に姿をくらましたのだった。メグレスの神闘衣を携えたまま。

「アルベリッヒの座が空席になった故、代わって兄を正規の神闘士に、との動きがあるらしい。それはそれで喜ばしいんだが……」

「肝心のオーディーンサファイアが、か」

ジークフリートの言葉にシドが答える。

「ああ。メグレスの神闘衣と共に姿を消している以上、正式な神闘士とはなれない。

しかしアルベリッヒの奴め。この上まだアスガルドを騒がせるか」

シドは僅かにため息をつく。

「まぁ、あのような事を企んでいた奴が今さら何をしでかした所で、驚くには当たらないが」

「そうだな」

シドに答えて、ジークフリートは思い出す。

最後にヒルダの命を受けた日のことを。

跪いたジークフリートを前に、彼女は告げた。

「ジークフリート。新たな代行者はまだ幼く、ワルハラ宮にも馴染みのない身。

あなたたち神闘士で、片時も目を離す事無く、あらゆる危険から守り抜いてください」

「はっ。」

「その使命を最優先に行動なさい。以後あなた方には、私の許(もと)を訪れることを禁じます」

ジークフリートは思わず顔を上げヒルダを見た。

厳しい眼差しでヒルダが見返してくる。

「神闘士が代行者でないものを守護する必要もなければ、関わる必要もありません。

フレアにもそのように伝えてください。わかりましたね」

反論を許さぬ調子でそう言うと、ヒルダは踵を返した。

彼女はワルハラ宮を後にし、市街から離れたとある館で一人隠棲生活に入った。

その日以来ジークフリートは、幼い日より側を離れることなく仕え続けてきた"かつての"主君に会っていない。




「ヴォルヴァ様の以前の名はロスクヴァという」

報告を続けるシドの言葉に、ジークフリートは現実に戻された。

「両親の話によれば、姿を消す前はごく普通の、変わったところなど何一つない子どもだったとのことだ。ただ……」

「なんだ」

「いや……わざわざ報告するようなことかどうか」

「かまわん、言ってみろ」

「"小さき巫女"としてワルハラ宮に現れる前のヴォルヴァ様ことロスクヴァには兄がいたのだが、彼女に先立って家から姿を消している」

「なに?」

「それが少し引っ掛かってな。偶然かもしれんが、アスガルドの民から"また"行方不明者が出ているというのは……」

「そういえば、トールの村の娘が一人消えた、という話だったな。何らかの異変の兆しである可能性は否定できぬが……」

2人の神闘士の会話はそこで途切れた。

夜の闇が突如光に満ち溢れ、昼間のように明るくなる。

驚愕の眼差しで、2人は異変の源である星空を見上げた。



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