1995年に発行された『オージンのいる風景・オージン教とエッダ』(ヘルマン・パウルソン著 菅原邦城他訳 東海大学出版会)にて、
とてつもなく面白い話(私にとって)を見つけてしまいました。第七章「北方から来た女たち」より。
女巨人との間に子供を産ませるアース神たちへの言及はある程度まで、ラップ人とノルウェー人との間に現実にあった交流から、ヒントを得ているのかもしれない。
『ハールヴダン・エイステインソンのサガ』(二六章)によれば、ドゥンプ海(北極海か?)の北に住んでいた巨人スヴァジはアーサ=ソールの息子であった。
しかし、『片手のエギルと狂暴戦士殺しのアースムンドのサガ』(十二章)に、ソール神(以下トール)の色恋沙汰を示す際立った例が記されている。(上掲書P185)
以下、そのサガによるトールの色恋沙汰、という色んな意味で面白すぎる話が紹介されるのでした。
『片手のエギルと狂暴戦士殺しのアースムンドのサガ』については、検索しても日本語のページで該当するものが殆どなく、
外国語のページをgoogle翻訳にかけても詳細がよくわからなかったのですが
まぁざっくりとまとめると、表題になっている"片手のエギル"と"狂暴戦士(いわゆるベルセルク)殺しのアースムンド"の二人が、
攫われたある王女を救出するため巨人国ヨトゥンヘイムに向かう、という内容のようです。
(ちなみにアースムンドの方には、独自に主人公になっている『勇士殺しのアースムンドのサガ』というのがありまして。
邦訳が日本アイスランド学会編訳『サガ選集』(東海大学出版会・1991年)に収録されています)
では、以下に上掲書の引用を続けます。
ヨトゥンヘイムの巨人オスクルズには娘が十八人いたが、以下は末娘アリンネヴャが、自分とトールの関係について述べていることである。
彼女は姉たちから虐待されるのでトールに祈ったところ、彼はたしかに彼女を失望させなかった。
この話は、長いあいだ苦しい目にあってきた、北方出身のひとりの巨人娘の視点から語られているために、興味深い。
「トールは私たちのもとにやって来ました。彼は一番うえの姉といっしょに休んで、一晩中姉と寝ておりましたが、その姉を他の姉たちがねたんで、次の朝殺してしまいました。
同じことをトールは姉たちみんなにして、順番にみんなと寝ては殺したのです。姉たちは互いに、こう告げることはできました。
つまり、もしあんたたちのだれかがトールと子供をもうけることになったら、その子は大きくなることもよく育つこともない、と。
そのあとトールは私と寝て、いまあなた方が目の前に見ておられるこの娘を私に産ませました。
姉たちが言ったことが娘の身に降りかかり、それでこの子は産まれてきた時よりも今のほうが、一エル小さくなっているのです。
トールは、姉たちが残した遺産をぜんぶ私にくれました。その後も、いつも私の助けになってくれました。
私はあのお金をみんな自分のものにしました。けれどもあの時以来、私は激しい情欲(ergi)にかられ、とても男なしでは生きてゆけそうもありません。」
……色々と凄い話だと思うんですけど、何が凄いって、
トールさん、かのス〇ベ大王と名高いゼウスですら
裸足で逃げ出すヤリ〇ンですやんwww
どこそこの神の父とか誰誰の始祖にされる加減で色んな女神や女性と浮名を流しているゼウスさんですが、一度の機会にこれほどの人数と、というのはなかったような。
(ついでに言うと親父のオーディンも、エッダ『ハールバルズの歌』ではアルグレーンという島で七人姉妹と楽しんだ、と自慢してますがその人数も超えてますねw)
というか、この話について、ムクムクと湧いてくる疑問点が。
末娘アリンネヴャを虐待していた17人の姉のうち、17人目を殺害したのは一体誰なのか?
長女から16人目までは他の妹たちが寄ってたかって、ということでいいと思うんですが(16人目は17人目が始末)、
17人目と末の妹アリンネヴャしか残っていない状況になったら、犯人はアリンネヴャか、もしくはトールがベッドイン後に片づけたかのどちらかしかないのでは?
一気に黒くなっちゃいますなw
一応この話、トールが助けを求めてきた女性をちゃんと助けて子供も授け、その後も助けになってくれた、といういい話ではあるんですが……
(アリンネヴャはセッ〇ス依存症になっちゃったみたいですけども)
手段があまりにえげつない上相当生々しいので、いまいちそうは思えないと言いますか(^^;)
というかこの物語には、一般的な雷神トールのイメージを覆す要素が結構散りばめられている感があります。
トールと言えば「気が短い」「愚直=馬鹿正直=つまりは素直なバカ」「頭が回らない」といったイメージで知られていますが
このアリンネヴャ絡みの物語では、父親のオーディン並みに頭が回るというか、狡猾な一面が伺えます。『アルヴィスの歌』でアルヴィスを嵌めた時のような。
トールは救助要請者のアリンネヴャを助けるために、虐待していた17人の姉たちを排除するわけですが、直接手を下すのではなく
まず長女と一夜を共にし妹たちの嫉妬を誘って殺させ、同じ方法で全員を排除した……つまり姉たちの嫉妬心と独占欲を利用し、殺し合うよう仕向けたわけです。
かつ、ちゃっかりといい思いもしてますしw
なおかつ、トールを指して女にもてないという指摘もありますが、17人の姉たちは皆トールに夢中になっているようです。
神々の王オーディンの息子で、神々の国アースガルズの事実上ナンバー2なんて権勢のある男を捕まえといて損はない! という打算もあったかもしれませんが、
何より17人にとって、トールが男として魅力的だったからこそ、というのが一番大きい様に思います。
しかしその後入手した『片手のエギルと狂暴戦士殺しのアースムンドのサガ』の英語版(『Seven Viking Romances』Penguin
Classics ©Hermann Palsson and Paul Edwards 1985)を拾い読みしてみると、
アリンネヴャは"ヨトゥンヘイムの女王"となっているんですよ。
現在伝わっている北欧神話でトールがこれまで殺害してきた、巨人国の王らしい存在は残らず男でした。
しかしアリンネヴャは女性巨人であり、トールと娘まで設けている(そしてトールはどうやら通い婚を続けている……ただしサガ内では直接登場することはありませんが)点からして
アリンネヴャを助けたのは、救助を要請されたから・神としての親切心? 以外に
巨人国との同盟・もしくは併合の意図もあったのではないか。そんな可能性も出てきます。
そしてトールのアリンネヴャの救済の仕方を見ていると、思い出されるのは、つまりは被る点があるのは父親オーディンの"詩の蜜酒"を手に入れるエピソードですね。
オーディンは巨人スットゥングが所有していた、知恵に優れた男クヴァシルの血から作られた蜜酒をスットゥングの元から盗み出し、それをアース神と詩人たちに分け与えました。
その手段としてまずスットゥングの弟バウギに近づくのですが、
そのために干し草を刈る作業をしていたバウギの使用人9人が、よく切れるようになる砥石を巡って殺し合うよう仕向け、全滅させます。
そして彼らの代わりに仕事をし、報酬に蜜酒をくれるよう持ちかけるのです。この時オーディンはボルヴェルク(悪を為すもの)と名乗りました。
スットゥングは蜜酒を誰に渡すつもりもなく、隠し場所を娘のグンロズに見張らせていましたが、
その後隠し場所に辿り着いたオーディンは、グンロズと三夜を共にして蜜酒を三口飲む許可を得ます。
蜜酒は釜一つと壺二つに入っていましたが、オーディンは三口で全部飲み干し(口内に溜めて)鷲に化けて逃げ出しました。
オーディンの蜜酒のエピソードとトールとアリンネヴャのエピソードの共通点は、
・目的達成のため複数が死ぬよう仕向けている事(その数が下記のように”聖数9"に関連していることから、これは「破壊」とそれからの「再生」を示唆しているとも取れる)
・女性と寝ることが焦点になっていること
・北欧の聖数である「9」または関連する数が散りばめられている事
(蜜酒の話では、バウギの使用人が9人・蜜酒の入った容器は3つ・オーディンとグンロズが寝た夜は3夜・飲むことを許された蜜酒は"3口"で3+3+3=9
トールとアリンネヴャの話では、アリンネヴャ姉妹の数は18人。9×2=18) 参照
そんなところですかね。
オーディンの場合は、アース神族と人間(詩人)のためとはいえ、オーディンらしく関係者を欺いてばかりなので色々とえげつなく感じますが(笑)さすが悪を為すものと名乗るだけありますw
トールの場合はとことん一人の女性を助けているので、よくよく考えたらえげつなさは同様でも、今の時代の目線で見れば好感度は高いかと思います。
ただその背後には、巨人国併合の意図があるのかもしれませんが……。
ちなみに『オージンのいる風景』でのアリンネヴャへの言及はさらに続いてまして、彼女はその後地下の世界?に降りて"闇の支配者"を名乗るオーディンに出会い、
そこにある外套を手に入れるため、オーディンと夜を共にしてから大きな炎を飛び越えています。シグルズみたいだな。
外套は手に入ったものの、アリンネヴャの身体からは皮膚が消えてしまったそうです。
北欧神話の女神もしくは女性巨人の中で、オーディンとトール両方と寝た、
なんてアリンネヴャしかいないんじゃないでしょうか(笑)
その結果がセッ〇ス依存症と全身の皮膚消失だけど
この『片手のエギルと狂暴戦士殺しのアースムンドのサガ』由来のトールの話、あまりにも面白すぎるので、
誰か『ガウトレクのサガ』とかと併せて邦訳出してくれないかなあー。そんでもっと広まって、トールのイメージ変える方向に行ってくれないかなあー。
と、密かに思っているのでありました(笑)
『幻獣大全〈1〉モンスター』でこのストーリーを取り上げてくれていた、最強王図鑑シリーズでも活躍中の健部伸明氏に期待したいところです(他力本願)。