謎の神・ヘーニルの正体?


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北欧神話には、ヘーニルという神がいます。

しかしハッキリ言って、名前を聞いてピンとくる人の方が少ないんじゃないでしょうか。

何せ出番が、旧エッダ(『詩のエッダ』)収録『巫女の予言』にしかないから。

(正確には他にもちょこちょこありますが、これについては後述)

しかし、そのほんのちょっとの出番を見てみると……。



・オーディン、そしてロドゥルという神と共に人間を創造した。ヘーニルは「心」(または「魂」)を与えたとされる。

・ラグナロクでオーディンはじめとするアース神族と巨人族がほぼ壊滅して後、再生した世界に唐突に現れたヘーニルは、どうやら新世界の祭司となる模様である。



って!

出番少なすぎな割に、人間創造とラグナロク後の新世界に関わってるとか、役割重大すぎじゃね!?

なんでそんな本来大物である筈の神が、名前を聞いてピンとくる人の方が少ないくらいに影薄くなっちゃってるのか!?




実はヘーニルについて思う所があり、北欧神話を色々紐解いてみた結果、一つの結論に達しました。それは、



ヘーニルの正体は、

逆に北欧神話と言えば知らぬ者がないと言って過言ではない有名神の一柱・
雷神トールなのではないかと!




こじつけすごすぎィ! と言われちゃいそうですが、以下考察してみます。

なんかこのページ、「しろたまぺーす」さんのオーディン=ウトガルザ・ロキ説と被っちゃってるとゆーか、モロ後追い感がありますな〜。

ま、気にせず行ってみましょう!(笑)




ヘーニルについては、新エッダ・または散文のエッダ・またはスノッリのエッダと呼ばれる著作の第二部『詩語法』の

アース神のケニング(北欧スカルド詩における言い換えの技法。『詩語法』では遠回しの名とされている)紹介で、次のようなケニングが羅列されています。



ヘーニルはどのようにいいかえるのですか。

「オーディンの食卓の友、道づれ、話し相手」「敏速なアース」「長足」「土の王」と呼ぶ。





そしてフォルケ・シュトルムは著作『古代北欧の宗教と神話』(人文書院)の中で、ヘーニルのケニングには「ロキの友」があると述べています。


これらのケニングについて、ヘーニル=トールの仮説に添って考察していきます。





「オーディンの食卓の友、道づれ、話し相手」


注目したいのはラストの「話し相手」。

この言葉には「話の合う人」という意味があり、和やかな間柄を想像させますが、

世の中には婉曲表現というものがあり、やんわりとオブラートに包んだり、全く反対の意味の言葉を使ったりすることがありますよね。

例えば、ギリシャ神話において復讐の女神たちエリニュスを「慈愛の女神たち」と呼ぶような。



オーディンとトールは、北欧神話内においてしばしば「言い争い」をする仲です。

有名なのが、渡し守に化けたオーディンがトールを罵倒する『ハールバルズの歌』ですが

それより一段知名度の低い『ガウトレクのサガ』では、オーディンとトールは英雄スタルカドの運命を巡って丁々発止とやりあっています。

この件についても後述。

つまり、「話し相手」が「言い争いをする・口喧嘩の相手」の婉曲表現と考えるのであれば、トールは相応しい存在であるわけです。





「敏速なアース」


トールには一つの特徴があります。あまり注目されたことはなかったような気はしますが……。

山の巨人が正体を偽り、鍛冶屋としてやって来て神々の作ったミズガルズに立派な城壁を作ると申し出た(ただし報酬に太陽・月・女神フレイヤを要求)時の事。

この神話は、オーディンの馬スレイプニルの誕生説話でもありますが、まあロキの妨害で期日までに仕事が完成しないとなった時、



鍛冶屋は工事が終わりそうもないと見て取ると、巨人の怒りに燃えた。

さて、アース神たちは、ここにやってきたのが山の巨人だということをはっきり知ると、誓いを破って、トールを呼んだ。

すぐにトールはやってきて、槌ミョルニルを高々とふり上げ、報酬を支払った。

太陽も月も支払わなかった。それどころか、鍛冶屋がヨトゥンヘイムに住むことも拒んだ。





また『詩語法』で語られる巨人フルングニルとトールの決闘の神話の冒頭、フルングニルがアースガルズに入り込んでアース神たちに宴に招待され

酔った勢いで大言壮語を始めた時、



だがアースたちは、彼の大言壮語にうんざりしたとき、トールの名を呼んだ。

すぐにトールは広間に入ってきて、槌をふりかざし、大いに怒って、賢い巨人どもがここで酒を飲めるようはからったのは誰だ、

誰がフルングニルにヴァルハラでの滞在を許したのだ、なぜフレイヤはアースの酒宴でのように酌をしなくてはならんのか、とたずねた。





同じく『詩語法』で、ロキが神々への贈り物を手に入れる(小人たちに作らせる)神話では、



するとロキは自分の首を賠償によって受け出したいと申し出た。だが小人はそれを見込みのないことだといった。

「それじゃ、おれをつかまえてみろ」とロキはいった。小人が彼をつかまえようとすると、ロキはずっと遠くに離れていた。

ロキは空中や海上を走れる靴をもっていたのだ。

 そこで小人はトールにロキをつかまえてください、とたのんだ。トールはそうした。





山の巨人とフルングニルの件両方で、トールは冒頭「巨人を討つため東方へ行っている」と語られているのですが、

アース神たちが彼を呼べば、その途端に=すぐに・あっという間に、その場に現れることができるようです。

ロキを捕まえた件では、ロキは空中も海の上も走れる便利グッズな靴を持っていて、あっという間に遠くに行っているのに、

(じゃあなんでフレイヤに鷹の羽衣を何回も借りる必要があるんだろう笑)

そのロキをトールはあっさりと捕まえています。


つまり、トールは大男のイメージとは裏腹に、ものすごく早く動ける・正しく電光石火である、と言えるのではないかと。

「敏速なアース」というケニングにピッタリの特徴では?





「長足」


「敏速なアース」に関連したケニングでしょうか。特に言うべきこともないですね……。トールは大男なので、当然足も長くはなるでしょう(投げやり)




「土の王」


トールは土=大地の女神であるヨルズの息子です。

またフォルケ・シュトルムの著作では、トールは「天の王」という称号を持っていたとされています。





「ロキの友」


トールは巨人退治に行く際、ロキを同伴していることが多いですよね。

巨人ゲイルロズ訪問・そして花嫁に化けて巨人スリュムの館に向かった時も、ロキが侍女に化けて同行しています。

ロキは元々巨人族の出身なので、巨人や巨人国についての情報を仕入れるためというのも大きいのかもしれませんが、

「ロキの友」というケニングを持つのに相応しいのはトールではないでしょうか。



次に、『巫女の予言』でのヘーニルの出番について考えてみます。

北欧神話におけるアダムとイヴである、アスクとエンブラが作られた際、

作った神はオーディン・ロドゥル・ヘーニルであると語られていますが、

ロドゥルの名は「誘惑する者」という意味と言われ、実はロキの別名なのではないか、という説が根強くあるようです。

そうなのだとしたら、北欧神話では主神のオーディン・その影とも対ともされるほど重要な存在であるロキ、

彼らに並ぶほど重要な神であり(そして両方の神と浅からぬ関連を持ち)、

オーディンがその座に就く前の(歴史的に見て)主神ではないかと言われているトールが人類創造に関わっていないというのは、

どう考えてもおかしい!(きっぱり)



ましてやトールは、「人間の友」という有名な称号を持っています。

神々と人類の護り手でもあります。

自ら創造に携わったわけでもないなら、そこまで人間に肩入れし、守護しようとするでしょうか?

というわけで、ロドゥルが=ロキであるならば、ヘーニルは=トールである! と私は主張しますw



しかし。

ここまで意気揚々と語ってきましたが……ヘーニル=トールであるならば、

もう一か所の、ヘーニルの最後の出番・ラグナロク後祭司をやっている、は一体どう説明付けたらいいんでしょうか。

何せ『巫女の予言』におけるラグナロクのクライマックスで、トールは大蛇ヨルムンガンドと対決し、

9歩退いて倒れた(死亡した)とはっきり書かれちゃってるし。

しかしここで、私はハタと気づきました(笑)

トールはヨルムンガンドを倒して後、「9歩退いている」という記述に。




北欧神話において、9は度々表れてくる"聖数"です。

北欧神話の宇宙観では9つの世界があり、オーディンはエッダの『オーディンの箴言』の中で

"九夜の間槍に傷つき""樹に吊り下がっ"てルーン文字の秘儀を得、また巨人から九つの魔法の歌を習ったと語り、

神ヘイムダルは9人の乙女を母に持つとされ、ニョルズとスカディが結婚した際、両神は互いに9日ずつ互いが住みたい土地に暮らします。



尾崎和彦は著書『北欧神話宇宙論の基礎構造・「巫女の予言」の秘文を解く』(白凰社・1994年)で、「9」の数は「復活」「再生」の表象と結び付けられており、



そのかぎりまたソール(トール)の歩いた「九歩」という数もまさしく彼の「死からの蘇り」と「新生」を暗示・予言する言葉であると言わなければならない。(上掲書P270)



と述べています。


つまり、トールは9の聖数によって復活し、祭司ヘーニルとして新世界に生きるという解釈は十分可能なわけです!!



さてこのページは一端ここで閉じまして、

次回は『巫女の予言』以外のヘーニルの出番を中心に検証する予定です。