無限示
離天京に怪奇な噂が流れる。背中に蝶の刺青を入れている男の噂……。夜な夜な街を徘徊し、突発的殺戮行為を繰り返しては、
人々を恐怖のどん底におとしめている。
その男の名は『無限示』といった。知能は人並みにある様だが、精神は破綻してしまった狂人である。
幼少の頃から、美に対して異常な程コンプレックスをもち、その特徴的な執着として蝶がある。
襲われ奇跡的に助かった侠客の話では、猛り暴れ狂う様は、さしずめ仁王のようであり、また、恐ろしいぐらいに打たれ強く
斬れども斬れども向かってきたと云う。
今宵も、無限示の徘徊が始まる……。
迅衛門「なんとも……薄気味悪い夜じゃのう……。特にこの街は不気味すぎて、化け物が出てもおかしくない所じゃわい……」
無限示「…………」
迅衛門「はふっ!! …………。何か……聞こえたぞっ?」
無限示「…………」
迅衛門「や、や、や、やっぱり何か聞こえた?! ぬ、ぬ、ぬ、何者じゃっ!!」
無限示「キィーーーエーーー!!」
迅衛門「ごおあ~~~っっっ!! なななっ何だお主は!」
無限示「わが主よっ! この醜き者に死のくさびをっ!!」
迅衛門「何なんじゃ、お主はっ!」
無限示「闇よっ!! 我を照らせっ!! 慈悲深き我の道を照らせっ!!」
迅衛門「だからっ!! 何なんじゃぁお主はっ!!」
無限示「主よ、その問いの答えは皆無だっ!!」
迅衛門「どぁからぁ~、何者じゃと聞いておろうがっ!!」
凜花「……ゴメンネ、鉄之介。ごはんまだなのに飛び出して来て」
鉄之介「ヂッヂッ」
凜花「だってひどいんだ、銃士浪の奴!!
『悲しいなら笑え。それで周りは救われる』ですって!! あんまり悔しいから思いっきり大根ぶつけてやったよ!!」
鉄之介「ヂヂッ!!」
凜花「おまえは優しい子だね……ありがと」
鉄之介「ヂュ~~ゥ」
凜花「……ん? 何の香り? 風に乗って良い香り。……花?」
鉄之介「チチチチッ」
凜花「どうした、鉄之介。おまえ、震えてるのかい?」
鉄之介「ヂッヂッ!!」
無限示「娘よ。汝は裏切りという苦痛に苛まれた小さき花だ」
凜花「イッイキナリ、何なんだいあんた!!」
無限示「心を乱すな。それは死を意味する。孤独を受け入れよ!!」
凜花「何なんだ、あんた。それ以上、訳の分かんない事いうと斬るよ」
無限示「オーゥ。もう少しで闇に育ったつぼみが花咲かせたものを」
凜花「やめろ!! やめてくれ!!」
無限示「枯れるならば、仕方あるまい。その血潮で美しい花を咲かせてくれ!」
凜花「クッ狂ってる……」
銃士浪「で、誰が花だって?」
サヤ「花じゃないわ、蝶よ蝶」
銃士浪「蝶ってあの飛んでるヤツか?」
サヤ「そうよ、あんな恐ろしい男、初めて見たわ」
銃士浪「へぇ、そんなたくましい男がいい寄ってきたのか。イテッ!!」
サヤ「冗談いわないで!! いい寄ってくるなり斬り殺されたら、たまんないわ」
銃士浪「ハハハ、そんなもんかね。…………。で、斬られたのか?」
サヤ「ええ少しね。私は大したことないわ。大事な御肌に少し傷がついたぐらい……」
『グスン……』
サヤ「でも凜ちゃんは、相当の深手ね」
銃士浪「まさか凜花までとは。オレの周りの女が、2人も同じ男に斬られるとは。その男狂ってるぜ」
サヤ「ヤツは普通じゃないわ。それにとてつもないぐらいタフよ」
銃士浪「ああ、安心しな。そいつの姿を見かけたら……容赦なく逃げさせてもらうよ」
サヤ「……最低ね」
銃士浪「……おかげさまで」
サヤ「あなたね!!! …………。もう、何故そんな言い方しかできないの?」
銃士浪「男だからさ」
サヤ「はぁ?」
銃士浪「不器用に生きてるヤツほどカッコいいんだよ、男は」
サヤ「もてない男の常套句ね」
銃士浪「そうでもない様だぜ」
サヤ「……?」
銃士浪「男には好かれてる様だ」
サヤ「アッ! アイツよ、銃士浪!」
銃士浪「ああ。傷ついた女は、たくましい男の夢でも見てな」
『パンッ!!』
銃士浪「…………。イテェ、殴る事ないだろう」
サヤ「殴りやすい顔なのよ。……バカ」
銃士浪「……凜花を頼む」
無限示「美しき生け贄が、二匹この辺に来たはず。知ってるな」
銃士浪「悪いがオレの趣味は男じゃないんだ」
無限示「…………」
銃士浪「まさか、本気か?」
無限示「キィーーーエーーッ!!」
無限示「僕は、何故生まれた」
???『何だ、こいつ。薄汚ぇ~な……』
???『あんたなんて生まれてこなけりゃ、良かったんだよ』
???『何て気味悪い子だい……』
???『こんな子に構っちゃダメ!! …………』
???『こいつ呪われてるらしいぜ……』
???『村に災いが起こるぞ……』
???『殺してしまえ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、ころ……』
無限示『僕は何もしていない。なのに、何故? …………。いやだ、殺さないでくれ、助けて……。…………』
(回想の中、花畑にいる可愛らしい少女)
少女『あなた、この辺の子?』
無限示『…………』
少女『私、お蝶って言うの』
無限示『…………』
お蝶『生まれた時から、目が見えないの……』
無限示『僕の名前は……』
お蝶『これで、お友達ね』
無限示『……ト・モ・ダ・チ? …………』
お蝶『ねぇ聞いて。私、目が見えるようになるの。父上様が良い蘭学者のお医者様を見つけて下さったのよ。
もうすぐ、あなたの顔が見れるのよ』
???『あんたなんて生まれてこなけりゃ、良かったんだよ』
???『何て気味悪い子だい……』
???『生まれてこなけりゃ良かった……』
???『呪われた子……』
???『醜い子……殺してしまえ……』
(少年時代の無限示に首を絞められ、悲しい表情をしているお蝶)
お蝶『……何故……何故……。もうすぐ……あなたの顔……見れるのに……』
無限示『…………もう一度……生まれ……変われたら』
(花園の中立つ無限示。周囲に群れ舞飛ぶ蝶たち)
無限示「オォォォォォゥ……。美しい……。蝶が……蝶が、飛んでいる……。死はようやく、我を受け入れた」
(花園に倒れ込む無限示)
『ドサッ!!』
無限示「蝶はイイ。どんなに醜く生まれたとしても美しく生まれ変わる。……これでオレも生まれ変われる。オレも……蝶に……なれる……。
……………………。…………。……。……」
(蝶を握り潰す無限示の手)
『グシャ!!』
(落ちてくる翅と鱗粉)