天花一剣客異伝〜機巧おちゃ麻呂〜 嘉辰


京の都。

千年の刻を経た日ノ本の古来の王城にして、伝統と雅の都であり、

また数多くの寺社を有する聖域である。

そして、古より数多くの魔を呼び込み、怨念にさらされ、また孕みつつ、

常に魔を祓い続けてきた都でもあった。

その町並みを、傍らに女性を伴い闊歩する男があった。

武術をたしなむ歌舞伎役者として江戸で知られる、千両狂死郎である。

今身にまとうのは荒事師を表す舞台衣装でこそないが、

黄と赤を基調にした充分に派手な羽織袴姿だった。

「神に捧げし舞たる、神楽かぐらとは」

千両狂死郎は、手にした煙管の煙を口からぷかりと吐き出し、言った。

「元々、天宇受売命あまのうずめのみことの舞を発祥としておるらしいのぅ。阿国。」

「ええ。そう聞いております、狂死郎さま。」

彼の隣に付き添っている、巫女装束の長い黒髪の女性が答える。

「神聖なる岩屋ごもりをした太陽の神、天照大御神に現世にお戻りいただくため、

天宇受売命は舞った。ワシもそのように、神技にまで達した舞を極めたいものじゃ。」

「狂死郎さまならば、必ずや極められましょう。」

「ところがのぉ、阿国。」

狂死郎は再びキセルを口にあて、煙と共に言葉を吐き出す。

「世の中、上には上がおるもの。この京の都に、千年の昔からの舞を伝えるものがおる、

という話を聞きつけたのじゃ。如何なる舞か、是非目にしたいもの。

そして、ワシの舞はそれと比べて果たして遜色なきものかどうか、

確かめずにはおられぬのじゃよ。これも芸の道を極めるものの性での。」

そう語る狂死郎を、穏やかな目で見やっていた阿国は言った。

「狂死郎様のお話は、裏式神楽雅のことでしょうか。」

「知っておるのか?」

「はい。かつて伊勢でも伝えられておりました。」

「おお、阿国はもともと渡会の出であったな。」

阿国は頷く。

彼女はその昔、二百余年もの過去に伊勢で生まれた著名な舞妓であり、

神業と言われた舞によって魔を調伏せし者、として名を馳せていた。

が、その力を用いて恐山を本拠地とする強大な魔性のもの・羅将神ミヅキを調伏せんとして

逆に取り込まれたのである。

調伏の舞姫、美洲姫(美洲鬼)から魔界の巫女、羅将神ミヅキへと変じ、

老いることも死ぬこともない代わりに魔性の虜から抜け出せなかった彼女は、

”白珠魂”という特殊な魂の持ち主である千両狂死郎によって救われ、

その後は彼の率いる一座で笛を吹く楽人となっていた。

「裏式神楽雅の舞はからくり人形たちによって年に一度のみ、舞われているそうでございます。

何でも言い伝えでは、そのからくり人形たちは昔、

とある偉大な陰陽師によって作られたものとか。」

「ほほぉ。それはまた、なんとも粋な陰陽師殿じゃ。」

語りつつ歩む二人の前に、目指す建物が見えてきた。

京都、天閣座。

からくり人形達が奉納され、年に一度神楽雅の舞を披露する舞台ともなる塔である。

その閉ざされた入り口に、人の姿が見えた。

「おや、先客じゃのぅ。」

大人が一人、子供が一人。

その手に青竜刀を持つ大人の方に、狂死郎は覚えがあった。

「おぅ? あれは大陸の武芸者どのじゃな。剣舞はなかなかのものじゃが、

武人のものだけにいささか武骨の気は逃れられぬのぅ。」

歌舞伎役者である狂死郎は、武道の者を目の前にしても、武術そのものより

舞踏の要素によりよく目を留めるのが常であった。

他に該当する者としては、蝦夷の”鳴る神の刀舞術”を会得しているという少女剣士たち、

南蕃からやって来た異形の戦士などが主な所であろうか。

「ところで・・・・・・武芸者どのの側にくっついておる、あの女童は誰じゃろうな?」

口に出してから、狂死郎ははたと気づき僅かに苦笑を浮かべた。

「やや、阿国に聞いてもわかりはせぬのぅ。」

「ええ。存じ上げませんけれど、狂死郎さま。阿国の聞いた話では、

大陸の仙人は御供に童仙・・・・・・子供の姿の仙人を連れている、

という言い伝えがあるそうでございます。」

「子供の仙とな?」

狂死郎は、手をかざして透かすように子供を眺めた。

「はて。見たところ取り立てて変わりもない、その辺りの童に見えるが」

と、口にした狂死郎の目に飛び込んできたのは、その子供が天閣座の壁に手をつき、

そのまま壁の中に潜っていく光景だった。

「ややっ!?」

子供の側に立っていた大陸の武芸者は僅かに肩を竦める。

そして次の刹那に、その姿は消えていた。

唖然とした表情で、ぱちくりと目を瞬いていた狂死郎は、隣の阿国に顔を向ける。

「・・・・・・なるほど。なるほどの。阿国は実に勘が良い。

確かにあれは童の仙やもしれぬことよのぉ。ワシもまだまだ修業が足りぬわい。」

「わたくしも、まさか本当に仙人とは思いもしませんでした。」

そう、阿国が答えた。



一方。

「ワァ! すごいデス! ここ、面白いデス〜!」

天閣座の内部に、子供のはしゃぐ甲高い声が木魂していた。

銀色の長い髪が、子供の動きに合わせぱたぱたと揺れている。

淑鈴スーリン。騒ぐな。」

落ち着いた低い声が子供をたしなめる。

「お父さん! お人形さんタチが、いっぱい動いてます! ホントにすごいデス〜!」

淑鈴と呼ばれた少女は興奮に瞳を輝かせ、天閣座の舞台を駆け回っていた。

手すりの向こうに幾つか立っている舞台の上で、あるいは雅楽の演奏の格好をし、

あるいは剣を手に踊る機巧人形たちを凝視し、

その背後にそびえ立つ巨大な楽太鼓の方へ身を乗り出し、

また重々しく廻り続ける機巧の歯車に見入っている。

淑鈴が父と呼んだ大陸の武芸者・・・・・・劉雲飛は、微かに嘆息した。

「唯女子小人為難養也。近之則不孫、遠之則怨。というが・・・・・・。」

心のうちの掴めぬ、全く別の存在だからだろう。

同じく、子供も全くもってままならぬ存在だと雲飛は感じていた。

淑鈴は一時たりともじっとしていない。

気づけば姿が見えなくなっていることが幾度あったか。

他愛もないことにはしゃぎ、同意を求め、かと思えばすぐさま興味を他に移し、

全く気の休まる時がない。

人とは皆そういうものだろうが、一際思いのままにはならぬ存在であり、

かかる手間も計り知れない。

かつて八人の弟子達を育て上げた雲飛だが、幼子は全く勝手が違う。

なのに、煩わしさは一時たりとも感じなかった。

何をしようとも愛しい想いの失せる時がない。

かつて千年の過去世に失い、逢うことの叶わぬまま中有に旅立ち、

塵外に掻き消えた筈の我が子が、数奇な命数の下、今ここに存在している。

暖かな体を持ち、笑顔を持ち、己の側にある。

”お父さん”と、邪気のない幸福に溢れた笑顔で己を頼り、慕ってくる、血を分けた娘。

そのぬくもりこそが、幸せを得ることなど決して許されぬと戒めた心に。

確かに満ちている、幸福だった。




淑鈴の声が一際、嬉しそうに高まる。

「かわいい!!」

彼女の前には、一体の機巧人形があった。

一見したところ、巨大な歯車が垂直に埋め込まれた四角い大きな木箱に浅葱の色の布が被せられ、

その前面に着物に烏帽子姿の、白面の人形が浮き出ている・・・・・・

といった印象だ。

淑鈴は、手を伸ばして人形の真っ白な頬に触れた。

すべすべと、硬く冷たい肌触り。

にっこり笑いつつ、人形の顔を撫で回していた淑鈴だったが、

「はれ? お人形さん、おててがないデスね。」

人形の手を探し始める。

「おてて、どこですカー?」

淑鈴は身をかがめると、人形の張り付く木箱の周囲をもぞもぞと動き出した。

ぺしりと。

その頭に、ごく軽い衝撃が落ちる。

「げに無礼なる少女子をとめこよの〜。」

声がした。

白い作り物の大きな手が、淑鈴の頭を叩いたものの正体だった。

「まろは、遊ばれる人形ではないのでおちゃる。」

それは目の前の人形の、四角い体を覆う浅葱の色の着物の下から突き出たものだった。

「わあ!」

淑鈴は目を輝かせる。

「かわいいデス〜!お人形さん、おしゃべりするデス!」

大はしゃぎする子供を前に、禿かぶろの髪に縁取られた白面の人形は、

閉じた瞼の細い睫毛を僅かにひそめたように見えた。

「そちはまろの言葉を聞いていやったか?」

「おとーさん、おとーさん!淑鈴、このお人形さん持って帰りたいデス!」

「無理を言うな。」

素っ気無く雲飛が言った。

「え〜、だってお人形さん、こんなにかわいいデス! 

淑鈴、お人形さん持って帰っていっしょに遊ぶデス!」

「まったくまろの言うたことを聞いておらぬでおちゃるな、そちは。

ととさまの方でなく、こちらを見やりや。」

「はれ」

淑鈴は、ようやくしゃべる人形を真正面から見ると、目をぱちくりと瞬かせた。

禿かぶろの頭に烏帽子を被り、幼子のような表情を持ち、

瞳を閉じている白面の人形は、大きな扇を取り出しばさりと広げた。鉄扇である。

「わー! お父さん、すごいデス! お人形さん、コーコの武器を持ってるデス!」

「何を言っておちゃる?」

鉄扇を手にした人形が、淑鈴の言葉に小首を傾げる。

「うむ。だが、元々倭国より伝来した武器だ。」

「はれ? お父さん、そうだったんですカ?」

淑鈴は、父の言葉に感心したような表情になる。

扇は鎌倉時代に倭国・・・・・・すなわち日本より大陸に伝わった。

そして清の時代には武芸者によっては、数こそ多くはないものの、

鉄扇という武器として使用されることもあったようだ。

”江湖”とは本来、大陸において黄河や長江といった大河と、湖の間を示していた。

すなわち市井・民草の暮らす世間のことである。

だが武侠界においては、力が全ての無頼の輩・・・・・・義と人情のために我が身を投げ打つ者もあれば、

単なるならず者もあったが・・・・・・が跋扈する世界をも同時に意味していた。

馴染みのあるものではないにせよ、封印より目覚めて後見聞したことのある武器を目にし、

雲飛は僅かに安堵に似た気持ちを覚える。

機巧人形が、再び口を開いた。

「とにかくの、をとめこや。まろは、童が遊ぶための人形にあらず〜。

魔を調伏する使命を持ちたる機巧兵士、機巧おちゃ麻呂におちゃるよ。」

「カラクリオチャマロ?」

淑鈴は小首をかしげ、にっこり笑う。

「じゃー、お人形さんの名前はまろちゃんデスね!」

「むむ。そのようなさうざうしき呼び方をするでないでおちゃる。」

「まろちゃんは、ここで何をしてるデスか?」

「をとめこや。その呼び方は止めと言うたに。まろはこの天閣座にありては、

雅の舞を京の都の人々に披露しているでおちゃるよ。」

「じゃあ、まろちゃんは踊り子さんデスか?」

「その言い方もげに無礼なり。まろの舞は、やむごとなき”神遊び”でおちゃる。」

「って、なんですカー?」

「神々を祀り、お慰めするための舞のことでおちゃる〜。天の岩屋戸は天照大御神の御前で、

技芸の神たる天宇受売命あまのうずめのみことが舞ってより後、

この日ノ本で受け継がれし、いとあてやかなるものでおちゃるよ。」

「はれ?」

淑鈴は、首を大きく傾けてぱちくりと目を瞬かせた。その顔に笑顔が浮かんだが。

「なんだかよくわかんないデスー。」

「むむむ。」

説明が意味をなさなかったのを悟り、魂の宿るからくり人形・おちゃ麻呂は

唸っているかのようにもとれる可憐な声を発したが、気を取り直した様子で子供を見た。

「ところでそちたちは、此処に入り込みて一体如何なる用があるのでおちゃるか?」

「淑鈴ね、このお堂にお人形さんがいっぱいあったから入ってきましター。」

「をとめこや。この天閣座は、物見遊山の場所ではないでおちゃるよ。

まろは眠りの最中でおちゃったに。」

「はれー。まろちゃんはここでおねんねしてたデスか?」

「そろそろ目覚める頃合ではおちゃったが、思ほえずこのような目覚めになるとは、あいなしかな〜。」

「そでスかー。だったらまろちゃん、淑鈴と遊ぶデス!」

言うが早いか、淑鈴はおちゃ麻呂の白い手に飛びつく。

「ぬぬ。だからまろは遊ばれる人形ではないと再三言うたに。」

「よさぬか、淑鈴。」

雲飛が嗜めた。

「此処に然したる用があるわけではない。長居は無用。行くぞ。」

「えー。やぁでスー。淑鈴はまろちゃんと遊ぶデス〜。」

子供は雲飛を振り返り、頬を膨らませる。

「淑鈴。」

雲飛の穏やかな声に、厳めしい声色が僅かに強まった。

おちゃ麻呂は、淑鈴が父と呼ぶ老いた武芸者へ顔を向けていたが、

「・・・・・・なんともこちたしや。とは言え、これもまた巡り合わせ、仕方なきことでおちゃるなぁ。」

言葉と共に、ふるふると首をふった。

「これ、をとめこや。それほど言うのなら此度はまろ、特別にそちと遊んでしんぜようぞ。」

淑鈴が、ぱっと笑顔を咲かせる。

「わぁーい。」

万歳と両手を挙げた淑鈴を、白く長く、硬質な人形の手がひょいと抱え上げた。

「しばし娘御をお借り受けするでおちゃるよ、おきな殿。」

「すまぬな。」

そう言った雲飛の側を、からころと車輪の音が通り過ぎていった。

子供を抱え上げたおちゃ麻呂の本体が、手摺りの前で止まる。

「いよぉっ」

おちゃ麻呂の本体がふんわりと浮き上がった。

「くるくるくるぅ〜。」

舞台の上には、巨大な車輪のついた木製の台座が残されていた。それは猛烈な勢いで回転する。

おちゃ麻呂の本体が跳ね上がり、舞台の手摺りを飛び越える。

そして、機巧人形たちが演奏を続けている、巨大な楽太鼓のある舞台へと一飛びに跳躍した。

「わーい! 楽しいデス〜!」

おちゃ麻呂に抱えられたまま宙を跳んだ淑鈴が、ますますはしゃいだ声を上げた。



機巧人形達の間を駆け回りながら、はしゃいだ声をあげる子供を、

機巧おちゃ麻呂は伏せた瞳で見やっている。

しかしやがて、淑鈴ははしゃぐのを止め、いささかつまらなさそうな様子で人形達を見回す。

「はれー。みんな、まろちゃんみたいにおしゃべりしないんデスね〜。」

「このもの達は機巧兵士にあらず。魂の入らぬ本来の人形に過ぎぬゆえ。」

淑鈴はおちゃ麻呂を見て瞬く。

「じゃあ、まろちゃんにはおしゃべりできるお友だちはいないですカ?」

「昔は、仲間達が数多くいたでおちゃる。

皆、師父様に与えられし使命を果たすため、日々お勤めに励んでおちゃった。」

「まろちゃんのお友だち、どこにいるデスか? 淑鈴、会ってみたいでス〜。」

「今は皆、この天閣座にて眠りについているでおちゃるよ。」

「じゃあー、もうすぐまろちゃんみたいにおめめを覚ますデスね?」

淑鈴はにっこりと笑いかける。

機巧兵士おちゃ麻呂は、それには答えなかった。

「・・・・・・ところでをとめこや。そちのととさまは実に不思議でおちゃるな。」

「お父さんが?」

笑っていた淑鈴は、その言葉に再びぱちくりと眼を瞬く。

「まろちゃん、どうしてデスか?」

おちゃ麻呂は僅かにその純白のおもてを、向かいの舞台に立つ雲飛へ向けた。

穏やかだが、対峙する者を射すくめずにおかぬ鋭利な双眸が、

微動だにせず機巧兵士と淑鈴に据えられている。

静なる佇まいではあったが、その内に秘めた気は常に張り詰め、予断なきことが見てとれた。

「そちのととさまの気からは、良きモノと悪しきモノ、双方感じるでおちゃる。はて・・・・・・。」

「あしきモノ?」

その言葉を反芻するように首をかしげていた淑鈴は、ぷうっと頬を膨らませる。

「まろちゃん! それ、思い違いデスよ。お父さんは立派な武侠デス。

だから悪いモノなんてあるわけないデス。」

「むむ。それにしても並々ならぬ気でおちゃる。決して、十年五十年とおせいつとせの歳月にては・・・・・・

否、たとえ百年ももとせの月日をもちても身につくものにはあらず。」

「おとーさんはね、まろちゃん。神仙の術を極めているのデス。」

誇らしげに言った子供に、おちゃ麻呂は伏せた眼差しを向ける。

「神仙の術とな?」

言葉におちゃ麻呂は僅かに首をかしげる。かた、と微かな音がした。

「・・・・・・むべなるかな。」

それまでよりも声をひそめ、機巧おちゃ麻呂は呟いた。





その頃、天閣座の外部では、扉の前に千両狂死郎と阿国が立っていた。

とりあえず、天閣座の管理をする者と会い話をしたが内部への立ち入りは許可されず、

雅の舞を伝えるものとの目通りは叶わなかった。が、戸口に立った時、

ひそかな話し声を狂死郎は聞いた。

「声をかけるだけはかけてみようかのぅ。」

阿国に言うと狂死郎は、声の聞こえた辺りをつけ前に立つ。

「ごめんくだされい。其処にどなたかおられますかな?」

狂死郎は窓越しに声をかける。

「はて、どなたでおちゃるか。」

くり、とおちゃ麻呂は外の声に対しこうべをあげた。

「はれれ。お客さんが来たデスねー。」

淑鈴が言う。

「ワシは千両狂死郎と申しまする。この天閣座には千年の雅の舞を伝えるお方がおられる、

と聞き及びましてのぅ、江戸より尋ねて参った次第。 ご存知ありませぬか?

もしくは係累の方ですかのぅ?」

おちゃ麻呂は、変わることのない人形のおもてで、そう語りかける声を聞く。

千年ちとせに渡り、この天閣座で裏式神楽雅の舞を披露しているのは、

まろと仲間たちでおちゃるよ、お客人。」

「おお。左様でござりまするか。天閣座を管理するお方には御目文字叶わぬと言われましたが、

某どうにも諦めきれませぬ。

よろしければ、舞勝負などお願いしたいのですが、如何にございましょうや?」

「ほぅ〜〜。・・・・・・舞勝負でおちゃるか。まろはお役目を抱える身でおちゃるが、

其処許そこもと様のお話、いと面白うおちゃるよ。

しかるにまろ、今ちと取り込んでいるのでおちゃる。しばしお待ちいただけませぬかえ?」

「わかり申した。」

声が、壁越しに答えた。

「これ。をとめこや。」

おちゃ麻呂は、はたはたと淑鈴を手招きする。

「これより、まろがいとあはれなる趣向を見せてしんぜようぞ。ささ、近う寄れ。」

「かわいそうなシュコウ、ですカ? 淑鈴そんなのいらないデス。」

「あやなしかな。そちはものを知らぬのでおちゃるか。新しき遊びを披露してしんぜよう、

とまろは言っているのでおちゃる。」

「わーい。」

淑鈴は弾けんばかりに明るい笑顔を浮かべ、とことことおちゃ麻呂の方へ小走りに向かう。

おちゃ麻呂の機巧の腕に捕まえられた刹那、突如周りは闇と変じ、体がくるりと一回転した。




「では、御用が終わるまで少し待たせてもらおうかの、阿国。」

と、阿国を振り向いた狂死郎の目前で。

ぱたりと、前触れもなく正方形の小さな木の窓が開き、人のものではない真っ白な手が突き出された。

その純白の、節目のはっきりとした指に繋がる掌に、長い髪の少女の人形が乗せられている。

大陸の衣装のようだと狂死郎は思った。

「お客人。しばし預かりものをしてもらえませぬかえ。

これは大切なものであるゆえに。」

窓の向こうから先ほどの声が聞こえ、狂死郎が差し出した掌に人形が落とされた。

「お願いしたでおちゃるよ。」

声と共に、ぱたりと窓は閉ざされた。



瞬きの間の出来事だった。

娘を抱えていた機巧人形が、舞台のような巨きな木箱に変じたと見えた刹那、

人形は元の姿に還り、その白い手の上には、淑鈴と同じ姿形の人形が乗せられていた。

「貴様」

雲飛が異変に反応し手にした青竜刀・天閃燕巧を構えた時には、

機巧おちゃ麻呂はその人形を、壁の小さな木戸を開け放ち外に出していたのである。

「お願いしたでおちゃるよ。」

と、外にいた者に人形を託したおちゃ麻呂は、ぱたりと木戸を閉じた。

「・・・・・・人を傀儡くぐつに変ずる。それも貴様の力か。」

「翁殿。そちの娘御にはこの場を遠慮いただいたでおちゃる。何故とあらば童にとりて、

目の前でととさまが逝ぬるを見るは」

おちゃ麻呂の本体が回転した。

「いと、悲しかろ?」

「・・・・・・きれい(からくり)の戦士よ。儂と戦うつもりか。」

「そちがまろの降伏ごうぶくすべき相手であるならば、そうすることが定めにおちゃる。」

「死ぬ気か?」

穏やかに冷笑を浮かべ、雲飛は短く告げる。

「死ぬ気か、とな? ほっほっほ。いとおろかなり。

まろはそもそも魔と戦い降伏せんがために、作られたのでおちゃるよ。」

ふわりと、おちゃ麻呂の巨大な本体が宙に舞う。

先ほど自らの発射台となった台座に、再び舞い降りたおちゃ麻呂は雲飛に伏せた目を移す。

からころ、とおちゃ麻呂の機巧本体と合致した車輪が回る。

「かつて千年ちとせの昔、”闇キ皇くらきすめらぎ”なる形を持たぬ強大な魔と契約し、力を得たものありて、

この京の都に形を与えし大陸の王城、長安を破壊し封ぜられた・・・・・・と、

まろは師父様よりお聞きしていたでおちゃる。」

おちゃ麻呂の本体は、雲飛の前で動きを止めた。

「その悪しき神仙術士、名はりゅううんひ。・・・・・・むむ。」

おちゃ麻呂が、ふるふると首を振る。

「正しくは、りう、ゆんふぇい。そちのことに相違ないでおちゃるか? 翁殿。」

雲飛は、真っ直ぐに機巧兵士を見据えた。

「相違ない。」

「では、そちはまろが降伏ごうぶくせねばならぬ魔界のものでおちゃるな。」

ばさりと、おちゃ麻呂は再び鉄扇を広げる。

もう片方の手にも、機巧本体から取り出したらしい一回り小さな鉄扇があった。

降伏ごうぶくの舞、一指し舞ってしんぜようぞ。」

表情の変わることなき人形が、扇を口に当て笑ったように思えた。



  
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