樹雨〜リムルル〜(2)

「雨が止まないな。」

外套をまとったシャルロットは、同行者に語りかける。

「コノ国ノ雨季、たむたむノ国トハ違ウ。サホド激シクハナイ。」

全身に白い布をまとった巨躯の戦士は、雨雲を敷き詰めた空を見上げた。

「とりあえずこの先、柳生殿と落ち合う手筈になっている。」

「ヤギュー? ジュウベエカ。フタツノ刀使ウ剣士。」

「そうだ。この日本国は現在、オランダ以外の国の人間の立ち入りを禁じていてな。」

「何故ダ?」

「かつて、スペインを始めとした旧教宗主国が、未開の国々に宣教師を派遣し信仰を広め、

自国の植民地とする足がかりにしていたことに対する防備策なのだそうだ。」

「侵略者タチ。」勇者は呟いた。

「お前も私も、雑事に煩わされている暇がないことは同じ。

面倒を避けるため、この国の中枢を担う要人の一人である柳生殿に、仲立ちを頼んだ方が賢明だろう。」

シャルロットが言った。

「ウム・・・・・・。」

タムタムは僅かに俯く。

「どうした? 気乗りしない様子だな。」

シャルロットに問われ、仮面の勇者は言葉を返す。

「黒イ神ヲ見ツケルコト、りむるるヲ見ツケルコト。イズレモコノ国ノ戦士タチノ手ニ余ル。」

「ふむ。確かに、隠れ潜む魔物や少女ひとりを見つけろと言われても困難だろうが。

何らかの異変が柳生殿の耳に届いているか、その少女が目撃されるか拿捕される可能性もあるだろう。

お前一人で動くつもりか? 余計な苦労が増えるだけではないのか?」

仮面の勇者は、西洋の女性剣士の目を、力強く見据える。

「ドレホドノ苦難アロウトモ、たむたむ一人デ果タスベキ使命。」

「・・・・・・そうか。ならば引止めはしない。幸運を祈っている。」




そうしてタムタムは、柳生十兵衛の屋敷へ向かうシャルロットと別れ、今は一人山道を歩いていた。

なさねばならぬことが、二つある。

黒い神の邪気を探し出し、黒い神と天草四郎時貞から二つの宝珠を取り戻すこと。

そして、ナコルルの妹リムルルを見つけ出し、守ること。

一つは村の勇者として果たすべき役割。

今一つは、風の巫女、”もう一人のナコルル”であるレラに託された約束として。

長崎の出島に停泊していた船上、甲板での出来事を彼は思い出す。

タムタムの心に呼びかけてきたレラの声。

風の巫女の身体は透けていた。

目にした刹那にタムタムは悟った。

彼女の実体であるナコルルの身体は、現世から失われたのだ。



「れら・・・・・・。」

彼女は弱りきっている。魂の輪郭ですら、霞んで映る。

かろうじて形を保つのがやっと、という状態のようだった。

「イッタイ・・・・・・何ガアッタ?」

(不覚だったわね)

魂となったレラが目を伏せた。

(天草が二人いるとは思わなかったわ・・・・・・まったく気配を感じ取れなかった。)

「黒イ・・・・・・神・・・・・・我ガ神けつぁるくぁとるノ敵・・・・・・!」

搾り出すように、タムタムは呟いた。

(天草だけなら私たちの敵ではなかった。あれはやはりウエンカムイの類だったのね。しかも永い年月を経て強力になっている。)

「黒イ神・・・・・・オ前タチヲ襲ッタノカ・・・・・・。」

(ナコルルの魂は、ウエンカムイに囚われてしまった。私もなんとか抜け出さなくてはね。タムタム。一つ、頼めるかしら。)

「ナンダ。」

(私が行くまでに、リムルルを、守って。)

差し伸べた手の向こうで、風の巫女の姿は朧に掻き消えた。

「れら!」

叫びに似た呼びかけと共に勇者は立ち上がり、体を覆っていた白布を脱ぎ捨てると大股に甲板を横切った。

シャルロットは突如落ち着きを失った異国の戦士に目を見張り、隣に立つミッシェルは明らかに仰天した様子を見せる。

「何処へ行くつもりだ?」

「上陸スル。」

「今の時刻は、船をつけることは不可能だぞ。」

「ナラバ海ヲ泳グ。早ク助ケナケレバナラナイ!」

「落ち着け」

シャルロットは、タムタムの前に出ると胸を突くようにして押し止める。

「お前が誰を救いたいにせよ、ただ闇雲に動けばいいというものでもなかろう。」

立ち止まったタムタムはシャルロットを見下ろし、僅かに顔を伏せた。

「シャルロット・・・・・・何と言う危ない真似をするんだい・・・・・・。」

こわごわとミッシェルが言った。

当人の目の前ではさすがに口にできなかったのだろうが、

蛮人に手を触れることすら、危険かつ忌まわしいことだと彼は言いたかったのだろう。




リムルル。

ナコルルの妹にして、レラの愛する妹。

直接目にしたことはまだない。

その少女についてタムタムが知るのは、レラからほんの僅かに伝え聞いた、

彼女は精霊と心を通じ合わせる力を持ち、その力を磨き、己で把握しつつある段階の、

まだ幼さの抜けきらぬ巫女であるということのみ。

妹を守って欲しいと、

おそらくは己の手で守れぬ無念を秘めつつレラが口にしたのは、

彼女が狙われているからに他ならない。

黒い神はナコルルを襲った。

何ゆえにかはわからない、

だが次なる標的は、その妹であるリムルルなのだ。

黒い神の存在、その実体を多少なりとも知る者は、

そして多少なりとも対抗の手段を持つ者は、

今この時、この日ノ本の國では、おそらくタムタムのほかに誰もない。

だからこそ、単独で旅立たなくてはならなかった。



山道を歩くタムタムの耳に、遠吠えが届く。

この国にも、コヨーテに似た獣がいるのだろうか。

思いつつ歩む勇者の前にふと、現れた覚えの在る気配。

小雨の中。

蒼銀の狼が、まっすぐにタムタムを見つめていた。

「オ前・・・・・・しくるぅカ?」

クォウ、と鳴いた獣の声には喜びがあった。

走り寄った狼を、タムタムは腕を広げ迎え入れる。

尾を振りながら鼻面を摺り寄せてくる獣の首を抱き、体を撫でさすりながらタムタムは話しかける。

「アノ時、れらガ命ジタトオリ、りむるる、オ前ガ守ッテイルノカ。」

シクルゥが舌で、タムタムの力強い手を舐め上げた。

「りむるる、オ前ト共ニアルノカ? ナラバたむたむガ、黒イ神カラ護ッテヤレル。」

シクルゥは動きを止めた。

キュウ、と悲しげに狼は鳴く。

その様子にタムタムは悟った。

ナコルルとレラの妹は、今シクルゥと共にない。



「珍しいわね。」

チュプケリが濡れた大地を踏みしめる。

タムタムは顔をあげ、声の主を見た。

「その子、リムルルと私以外にはなついたことないのよ。」

蒼銀の狼を追ってきたらしい、娘が一人立っていた。

長くさらりと流れる髪は茶色がかっており、肌は浅黒い。

身にまとう衣装はナコルルと同じだが、ナコルルが紅い色をまとっていたのに対し、娘の衣装は紫が主だった。

頭を飾る結ばれた布もまた、紫である。

大きな意志の強そうなつり目で、娘はタムタムを見ている。

「あ、それとナコルルもか。」

一人納得したように言い、娘は再びタムタムに目を向けた。

「あなた、どこでシクルゥと会ったのよ。カムイコタンに来たことないわよね?

こんなイシリクラン・クル(変な奴)、見たら忘れるわけないもの。」

タムタムは、言葉を飾らない娘に戸惑いを隠せなかった。

「オマエ・・・・・・ズイブン違ウナ。なこるるトモ、・・・・・・れらトモ。」

「レラ? 風? 人の呼び名なの?」 

娘は大きな目を瞬き、小首をかしげ考えるような動作をする。

「あってもおかしくないけど、カムイコタンにはいないわ。でも、あなたがナコルルを知ってるってことははっきりしたわけね。」

笑みを浮かべていた娘は突如足を引き、腰の後ろに手をかけた。

彼女の気の変化に、タムタムも身構える。

「あなた・・・・・・ナコルルに手出しをしたウエンペクル(悪い奴)なのかしら?」

シクルゥが一声、少女に向かって吠えた。

「あとで聞くわ、シクルゥ。私はこいつに聞いてるの。」

娘は後ろに結わえた腰袋から短刀を抜き出していた。

それが、ナコルルが持つ宝刀チチウシであることをタムタムは見て取った。

「たむたむ神ノ戦士。悪ク言ウモノ、死ヲモッテ償ワセル!」

背に負うヘンゲハンゲザンゲの柄に、仮面の勇者は手をかける。

娘の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。

「おいで!」

タムタムに向け突き出した掌を、彼女は己が方向に曲げて挑発した。



巨大な愛剣を抜き放ち、構えるタムタム。

「シクルゥ!」

娘が、人差し指を突き出しタムタムに向けた。

だが声を受けた狼は、その場から微動だにしない。

形のよい眉をしかめた紫の衣装の娘は、しょうがないか、とでも言うように手にしたチチウシをくるりと回転させ、構えた。

「アンヌムツベ!」

タムタムは目を見張った。

咄嗟にヘンゲハンゲザンゲの刀身を構える。

刃の打ち合わされる音が鋭く響く。

ナコルルと同じ剣技を使った娘は、刹那に飛び退いた。

その前に、狼が飛び出す。

姿勢を低め、ただじっと娘に視線を注いでいる。

仮面の下から、娘と獣に目を注いでいたタムタムは立ち上がり、剣を持つ手を下ろした。

それを目に留めた娘が、つまらなそうに唇を尖らせる。

「何よ? そんな立派なエムシ(太刀)を持っているくせに、闘わない気なの? あなた臆病者なの?」

「普段ナラ、オ前ニ無礼ヲ償ワセル。ダガしくるぅ、止メロト言ッテイル。」

「そうみたいね。」

娘は構えを解き、チチウシを持つ手を下ろした。

「オ前、なこるる探シテイルノカ。」

タムタムは娘に問うた。

「うーん。正確にはリムルルも入れて、だけど。」

「りむるる? ・・・・・・なこるるノ妹ヲカ。」

「ふうん。リムルルのことも知ってるのね。あなた、名前は何ていうの。」

「たむたむ。”やしぇる・すゆあ”ヲ守ル、神けつぁるくぁとるノ戦士。」

娘は首をかしげて、人差し指を頬につける。

「妙な言葉ね。でも、そういえばナコルルが何か言ってたかな? 似たようなこと。

天草の凶事が起きた時、アトゥイ(海)を越えて来たフンゴック・カムイ(蛇神)を崇めてるラメトクに会った、

とかだったかしら。」

紫衣の娘は、タムタムにじっと目を留めた。

「タムタム、か。あなたがアイヌモシリで生まれたなら、刀って呼び名の男ということになるわね。」

紫衣の娘はそう言うと、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

タムタムは、仮面の下で目を瞬いた。

タム、もしくはタマッは、アイヌモシリの言葉で刀を意味していた。



紫衣の娘の名もまた、ナコルルと言った。

「私もナコルルも、同じ日の同じ時刻に生まれたわ。あなたたちと違って、生まれた日を祝う慣わしはないけどね。

そのせいかどうか、私もあの子も名前は同じナコルル。」

「なこるるト同ジ名、オ前モマタなこるるカ。」

「そうよ。でもナコルルって呼ぶと、私達二人を同時に呼ぶことになるでしょ? ややこしいからカムイコタンじゃ、

私達には別々の綽名があったわ。 まぁよくある話よね。」

草むらに腰掛けた、紫の衣のナコルルは、彼女の隣に伏すシクルゥの首筋を撫でつつ言葉を続けた。

「私はクンネ・ラマッ・ナコルル、 あっちの方はレタリ・ラマッ・ナコルル。

あるいは単にクンネ・ラマッとレタリ・ラマッね。」

「ドウイウ意味ヲ持ツ名ダ?」

紫のナコルルの向かいに、胡座をかいたタムタムが問い掛ける。

「黒の魂と白の魂よ。私達アイヌに、色を表す言葉は三つしかないの。黒と、白と、赤。

人によっては私をレタリ・ラマッ、あっちのナコルルをフレ・ラマッ(赤の魂)と呼んでたけど。」

「オ前モ、なこるるト同ジ、かむいこたんノ戦士カ?」

「ん〜、まぁそんなようなもんね。悔しいけど、ナコルルみたいに正式にラメトクと認められてないのよ。

でも、シカンナカムイ流刀舞術は会得してるわ。ナコルルを除けば、私がカムイコタンで一番の使い手ね。」

紫のナコルルは、得意げな笑顔をタムタムに向ける。

「オ前、ナゼしくるぅト共ニイル? しくるぅ、今ハりむるるヲ守ルコトガ使命ノハズ。」

「それ、ナコルルに聞いたの?」

少女は眉をひそめたが、

「まぁ、いっか。リムルルがこの子に、私のところへ行くように言ったらしいのよ。守ってあげて、って言ったんだって。

私の身は私で守るのに、リムルルったら余計なお節介よねぇ。」

首を振りつつそう述懐する、紫のナコルルの言葉に、タムタムはレラを思い出す。

”必要ないわ。私は私が守る。”

「・・・・・・オ前タチ・・・・・・かむいこたんノ女タチハ、皆、強イナ。」

「やらなくちゃいけないことがあるからよ。そういうことに女も男も関係ないって、私は思ってるんだけど。」

「ソウカモシレナイ。」

タムタムは、仮面の下で微かに笑った。

だが、笑顔は次の刹那に消え去る。

「コノ気配!」

彼は愛刀を手に立ち上がり、シクルゥは身を起こし臨戦態勢となり、

紫のナコルルの表情にも、厳しい色が浮かんだ。

「ウエンカムイと、似た気配ね。」

立ち上がり、紫のナコルルは宝刀チチウシに手をかける。

南蕃の戦士とカムイコタンの少女戦士は、

どちらともなく邪気を感じた方向へと走り出した。

蒼銀の狼が、その後に続く。



だがシクルゥはいつしか、二人を追い越していた。

彼らよりも先に、その気配に気づいたから。

シクルゥの護り、仕えるべき存在の気配に。

元の主より託された使命であり、

今現在、己の在る理由に向かい狼は走る。



「シクルゥ!」

夜の木立ちの中、少女の悲痛な声がした。

「リムルル?」

紫のナコルルが声を上げる。

「あんた何やってるのよ、そんなとこで!」

「クンネ・ラマッさん!」

走り寄ってきたシクルゥの首にしがみついていたリムルルが、驚きの声をあげる。

「私もナコルルなのよ! そう呼びなさいっていつも言ってるでしょ!」

リムルルに怒鳴ると、紫のナコルルはリムルルの側へと敏捷に飛び降りる。

「ご、ごめんなさい・・・・・・。 きゃあっ!」

もう一人の”サポ(姉)”に詫びたリムルルは、次の刹那悲鳴をあげた。

取り落としていた彼女のメノコマキリ・ハハクルを拾い上げ、構えを取る。

そしてリムルルの側に、氷の精霊コンルが浮かび上がる。

彼女の視線の先にはカミアシ(妖怪)が立っていた。

信じられない巨躯、半ば剥き出しの肌、赤い色の恐ろしい面、リムルルの体ほどありそうな巨大な刀。

あれが、閑丸くんの言っていた鬼?

姉さまの探していた・・・・・・。

「こら」

緊張を漲らせていたリムルルの頭に突如、軽く拳が落とされる。

「いたっ」

拳を握っていたのは紫のナコルルだった。

「早とちりするんじゃないの。あれはナコルルの知り合いで敵じゃないわ。」

「え?」

「あんたもそんな格好で女の子の前に出ないの! リムルルが怖がってるじゃない。」

振り向いた紫のナコルルは、大声でそう”鬼”に呼ばわった。

”鬼”は、二人の少女と一頭の狼の前にやって来る。

リムルルの体が強張った。

「スマナイ。ダガたむたむ、今ハ神ノ戦士ノ使命果タスタメニ、コノ国ニ来テイル。」

”鬼”は、赤い面の下からリムルルを見下ろした。

「ダカラオ前ガ恐レテモ、コノ面外セナイ。」

仮面の猛々しい風貌と恐ろしい姿に反して、

その目は優しい光を宿していた。


リムルルは、もう一人のサポである紫のナコルルと、

アトゥイの向こうの国からやって来たというラメトクに、

事の次第を語った。

雨宿りをしていて、緋雨閑丸と名乗る少年と出会ったこと。

いくらか話をして、いくらか時が経った頃、

突如二人の前に、見たこともない凶暴な獣が姿を現したことを。

キムンカムイ(熊)ほど大きくはないが、ホケロウ(狼)よりは逞しく、

アイヌモシリのどの獣にも、明らかに似ていなかった。

鋭い牙と鋭い爪。黒い斑点を体の一面に持つ、筋骨逞しくも敏捷な獣。

それが殺意を剥き出しに、少年と少女の目前で唸る。

ハハクルを抜き、応戦しようとしたリムルルだが、

それよりも先に閑丸が立ち上がった。

「僕を追ってきたんだ。あの村から。」

彼はそう呟いた。

リムルルが彼を見ると、

少年の優しげな顔は、戦うことを、

斬ることを知る者のそれへと変貌していた。

「ごめん」

低く呟き、彼は傘を片手に、もう片方の手を背の刀の柄にかける。

その呟きが自分に向けて発せられたものと気づき、リムルルは戸惑う。

「君は関係ないのに、巻き込んじゃってごめんなさい。」

閑丸はそのまま、傘を盾に獣の前に立つ。

低く構えた獣が踊りかかる。

傘を叩きつけ、

閑丸は背の刀を素早く抜き取った。

「閑丸くん!」

闇の中に轟く吼え声。刃が風を斬る音。

濡れた地が踏みつけられ、響く水音。

全てはやがて遠のき、

閑丸が遁走したのか、獣が敗走したのか。

戦いの結果を、リムルルが知ることはなかった。

「閑丸くん!」

リムルルの呼び声が、

虚しく雨の森に木魂するのみだった。




「ふぅん。じゃあ、その閑丸って子がどうなったかはわからないんだ。」

紫のナコルルの言葉に、リムルルは無言でうなづいた。

「ソノ獣、黒イ斑点ヲ持ツト言ッタナ?」

タムタムがリムルルに問うた。

「ええ。」

少女は異国の勇者にうなづく。

「星ヲ体ニ持ツ獣。最モ勇敢ナルじゃがーハ、同時ニ黒イ神ヲ表ス獣ダ。」

「え・・・・・・?」

リムルルは目を見張った。

「つまり、あんたの国にいる獣ってことよね? どうしてレプンモシリにいるのよ。」

「オソラク、黒イ神ガ呼ビ寄セタ眷属。並ノ獣デアルハズナイ。」

「そんな・・・・・・」

タムタムの言葉に、リムルルは目を伏せる。

彼は・・・・・・緋雨閑丸は、無事でいるだろうか。

ウエンカムイが遣わしたという、あの恐ろしい獣から逃げ切れただろうか。

「でも、なんでその閑丸があんたのところのウエンカムイに狙われなきゃいけないのか、がわからないわよね。」

タムタムにそう言った紫のナコルルは、リムルルを見る。

「あんた、その子から何か聞いてないの? 手がかりになるようなこと。」

「それは・・・・・・わからないです。」

リムルルは、再び目を伏せた。

紫のナコルルから、目を反らせる意味で。

言えなかった。

”鬼”という言葉に豹変した閑丸を。

霊夢(カムイ・タラプ)に現れた彼のことを。

何故だか、告げてはいけないような気がした。



細かな雨は止む気配を見せず、

二人の少女と、異国の戦士と、

狼の上に降り注ぎ続ける。


樹雨(1)  雨礫(1)

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