銀のしずく ふるふる 第一章 〜羅刹丸〜(2)


タムタムが大剣を振りかぶり、雄叫びをあげる。

「パグナ・パグナ!」

少年は手にした大剣を、苦もなく激しく回転させ、凄まじい勢いで渦巻く刃を作った。

「ホーウッ、ホホホゥゥ!!」

喊声と共に、彼は魔性の剣豪めがけ突進する。

魔性の剣豪が唇を歪め、にいと歯を剥き出しにして嗤う。

「タムタム! 戻って!」

レラの声が鋭く飛んだ。

重い音が響いた。

旋風を巻き起こした刃は、魔物の男が構えた刀身の根元でがっちりと受け止められていた。

三日月の弧を描く如く、紅い刃が閃く。

鮮血が飛び散った。

大剣が弾け飛び、地に突き刺さる。

どうと倒れたタムタムの、肩から胸元にかけてぱっくりと開く傷口。

どくどくと溢れる血を吸い上げた地面が、みるみる黒く染まっていく。

「はははははは・・・・・・!」

魔物の漢の哄笑が響いた。

「俺の剣は我流でなぁ。てめぇみてぇな小便野郎にゃ見切れねぇよ。」

傷を負った少年は、歯をかみ締めながら頭を起こそうとする。

その傷を、どかりと踏み締める男の足。

獣じみた苦悶の声があがる。

「つまんねぇな、オイ。見掛け倒しかよ? あのご大層な得物はオモチャか?」

ぐりぐりと、さらに踏みにじられる。

「ほらよ、言ってみな。次はどこを斬ってほしいんだ? 腕か? 足か? それとも腹か?」

足を上げ、力を入れてまた踏みつける。

男の足の下で、苦しみのあまり何度も跳ね上がる体。

「いいねぇいいねぇ、なかなか面白ぇ声で喚くじゃねぇかお前。」

嗤いながら男は、右手に掴んだ紅い刀を少年の目前に突き出した。

「俺は優しい男だからなァ。」少年が身にまとう赤い布地に手をかけ、その体をぐいと引きずり起こす。

「今は右か、左の目玉で勘弁しといてやらぁ!」

切っ先を振り下ろそうとした刹那、疾風が男目掛けて飛び掛る。

 

完全な不意打ちを喰らって倒れた男は、赤い目を剥き出し体当たりを食わせたものの正体を探った。

眼に入ったのは蒼銀の色の狼。

獣固有の敏捷な身のこなしで男に向き直っている。

「ん?」

禍々しい眼に怪訝な表情が浮かぶ。

狼の背に乗る、小刀を構えた娘の冷めた瞳と目が合う。

「なんだ? お馬さんの代わりかよ?」

呟いた刹那に、狼が飛び掛ってきた。

構えた刀に当たったのは獣の牙ではなく、娘の繰り出した短刀の刃。

押し返して力任せに薙ぎ払う。

狼は素早く飛びのき、姿勢を低めて隙をうかがっている。

その背にしがみつくように乗り、やはり姿勢を低めて小刀を構えている娘の目にも、狼とまったく同じ色と気配があった。

嘲りの笑みが、魔物の男の唇を歪める。

「おい女。そんな柳刃包丁で俺と戦おうってのか?」

娘が刃を、魔物の男の方へと向ける。

「面白ぇな、こいつぁ。」

男は左手の親指で、自らの額を指した。

「ここを狙ってみな。だがその前に、獣もろとも真っ二つになるだろうがなァ!」

嘲りつつ片手で刀を振りかぶる魔物に対し、狼は飛び掛る姿勢をとる。

「行くわよ、シクルゥ。」

その背に乗るレラの呟きと同時に、狼が疾駆した。

 

「フゥン!」

紫黒の肌の魔性の剣豪が、紅の鋼を振り下ろす。

銀の風が剣風をすり抜けていく。

手ごたえを感じずに訝った刹那、目前に回りこみ跳躍した狼の背に乗った、娘の刃が振り下ろされた。

咄嗟に刃で防御するものの、娘の振るう刃が頬をかすめる。

魔物の男は、歯軋りの音がせんばかりに口をかみ締めた。

「クソがッ!」

紅い鋼の切っ先が地面に突き立てられ、凄まじい力で抉り抜かれた土が、礫となってレラとシクルゥを打つ。

「うっ」

狼が体制を崩し、レラが地面に投げ出される。

だがレラは咄嗟に体勢を立て直し、男から飛び退き、狼を呼んだ。

「シクルゥ!」

その瞳には、変わることなく冷静な闘志が漲っている。

「させるかぁぁ!!」

魔の男が吼えた。

狼の鋭い悲鳴が響き、シクルゥの巨躯がどうと横倒しになる。

男が、シクルゥの腹に蹴りを叩き込んだのだ。

「ちょこまかうるせぇ獣がいなけりゃ、ただの小娘だ。」

赤い目に嘲りを宿し、刀を突き出した男はレラの前に仁王立ちとなった。

「死ねや」

吐き捨てつつ、血の錆をこびりつかせた刃が振り上げられる。

 

応戦すべくチチウシを握り締めたレラの前で、魔物の男が声を上げた。

「ぐがぁっ!」

よろめき膝を突く。

「てめぇ・・・・・・。」

振り向く男、そしてレラの目に映ったのは血まみれのタムタム。

荒く息を吐きつつ、魔の男を睨み据えている。

右手には彼の愛刀、そして差し伸べた左の掌の上の空に、何かが白く浮き上がった。

それは、人の頭骨の形をしていた。

血まみれの異国の戦士は、苦痛に顔を歪めながらもその頭骨を魔性の剣豪の頭目掛け投げつける。

魔性の剣豪が腕を振ると、紅い刃の閃きと共に白い頭骨の形をしたものが砕け散った。

魔の男は嗤っている。

喉の奥で低く嗤う声が、この上なく楽しげに響く。

「いいねぇ・・・・・・いいねぇ! たまんねぇなぁ、てめぇみてぇな往生際の悪い野郎は!」

男はレラに背を向けた。

興味は完全に、タムタムに移ったようだ。

「五体バラす楽しみも増えるってもんだ。いい目で睨んでやがるじゃねぇか。ええ?」

男の目に見えるのは、愉悦の色。

「その目玉が犬っころみてぇに竦みあがって、チビりそうにガタガタ震えてよ、

挙句なぁんにも写さねぇ目玉になるのを見るときが、一番たまんねぇよなぁ!」

断ち切り、引き裂き、潰す行為を、破壊と死を命あるものにもたらすことを目前にして、

紅い目が、この上なく禍々しい喜びに酔っていた。

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