第八章  真剣勝負!?


良く晴れた麗らかな陽気。

 その日も鈴姫はいつも通り稽古事をほったらかして、町外れの平屋に訪ねてきていた。 

 普段よりは地味な着物に身を包み、あたりを窺いながら町の外れ外れへと進み、行き着いた先は、山際にひっそりと建つ小さな民家である。

 なんと言うことはない、ただのボロ屋なのだが、なぜだかこの家の前に立つと緊張する。

「ううん、今日も変装カンペキだったし、大丈夫」

 本人以外には理解できない根拠で自分を落ち着かせ、戸を叩こうとしたその時、背後から声がした。

「なーにが完璧だっての」

「猛千代!」

「な、なな、なんでここに!」

「そりゃ、ここは俺の家だからな」

 挙動不審な鈴姫に首をかしげながら、猛千代は片手にかごを抱えたまま、立て付けの悪い戸を器用に滑らせた。

「ったく、よく来るよな、お前は。城の人も気の毒に」

「気の毒って……、なんの話よ」

「いいや、ただ、気苦労が耐えないだろうなって言っただけだ。あんまり気にすんな」

 この話はこれで終わりだという風に、猛千代に手を振られ、鈴姫は諦めて引き下がった。

「……よっと」

 猛千代はかかえていたかごを土間に置くと、そのまま家の中に入っていく。その後ろから、鈴姫も当たり前のように畳の上に上がる。

「しかし、お前もよく飽きずに通ってくるよな」

「それって……迷惑ってこと……?」

「いや、べっ、別に迷惑ってわけじゃねえよ」

 突然弱気になった声に振り返ってみると、シュンとうなだれた鈴姫がいて、猛千代は慌てた。

「ただ、こんなにしょっちゅう来てて、大丈夫なのかって思っただけで……」 

「そっか。ならよかった」

 さっきまでしょげていたとは思えないケロっとした様子で頷くと、鈴姫は一つだけ敷かれた座布団に腰を下ろした。

「……………ったくよー」

 それを咎めることもせず、自分の座布団をわざわざ取りにいき、猛千代は小さく笑った。

「ねえ、それって野菜よね」

「ん? ああ、そうだけど」
 
 まさか野菜であるかどうかの確認をされるとは思わず、面食らいながら猛千代が答える。

「……なあ、コレなんだか分かるか?」

 いちばん上にあった、さつま芋を手にとって見せると、鈴姫は大きく頷いた。

「お芋!」

「んじゃ、こっちは?」

「ん〜、おいも?」

 確かに両方とも芋ではあるが、と自然薯(じねんじょ)を見つめながら猛千代は苦笑する。

「ま、姫君ならこんなこと知らなくたっていいか」

「失礼ね! アタシにはアタシなりの苦労があるんだから」

「へえ?」

「教養のためだとかって、何冊あるのよってくらいの本を読まされたり、お花を習う時なんかはすっごい長い間大人しく座ってなきゃいけないし」

「そのうちの1割くらいしかまともにやってねえんだろ、どうせ」

「う……、そ、それはじいが口やかましいからいけないのよ!」

「……ああ、なるほどね」

 つまりは、そういう年頃なのだ。自分にも覚えがある。親になにを言われても苛々して、反発ばかりしていた。

 猛千代の呟きを、自分への文句への同意ととったのか、鈴姫は更に続けた。

「だいたい、ちょっとくらい力があるくらいで、女らしくないとか失礼しちゃうわよね!」

「いーや、怪力はともかくとして、お前はもうちょっと女を磨いた方がいいと思うぞ」

「な、なによ! 猛千代までそんなこと言うわけ?」

「やっぱ、女は色気がないとだめだろー。お前、顔は結構……」

「結構?」

「……いや、そこそこ美人だけどよ。いま一つ色気ってもんが足らねえんだよなぁ」

「なんでわざわざ、言い直すのよっ」

「そ、それはだなぁ……」

 ひっくり返った声に笑いながら、鈴姫は顔を赤らめた猛千代の肩をバシバシと手のひらで突いた。

 その拍子に、鈴姫が胸元に入れていた横笛が日焼けした畳の上に落ちた。

「……ああ、それだ。それならちょっとは女らしい趣味なんじゃないか。ちょっとだけど……」

 まだ少し落ち着かないまま、猛千代が落ちた笛を拾い上げて鈴姫に渡した。

「そうだ。せっかくだから披露してくれよ。笛なら自信あるだろ?」

「あ、あるけど……」
 
 今度は鈴姫が顔を朱に染めて口ごもる番だった。

「なんだよ、嫌なのか」

「だって、……ほら、もったいないじゃない? アタシ、すごく上手なんだもの」

「へー。てっきり下手だから聞かせたくないのかと思ったぜ」

「違うわよっ。ただ……、笛吹いてる時って、かなり無防備だから超他人な猛千代の前で披露したくないだけよっ」

 鋭い語気で言い放つと、鈴姫は紅潮した頬に手を当てた。

 しかし、猛千代はその様子に気づかないまま、言い返す。

「別にいいじゃねえか。お前、そういうの自意識過剰って言うんだぜ。確か」

 そっけない言い草に鈴姫が眉を寄せて押し黙る。

黙ったのを好機とばかりに猛千代が畳みかけた。

「人ンちに押しかけて、愚痴だけ言って帰るのか」

「う……」

 さすがに少しは自覚があったのか、鈴姫が困った顔で縮こまる。

「笛の名手だって言うから、聴いてみたいって頼んだのに、こんなに拒絶されるとは……傷つくなあ」

「うー、分かったわよ! 聞かせればいいんでしょ、聞かせれば」

 投げやりに言って、鈴姫は立ち上がった。

「こんなの相手に赤くなっちゃうなんて、アタシとしたことが……」

「ん? なんだって?」

「なんでもないっ! アタシの演奏を聴けるんだから、光栄に思って耳を澄ましておきなさいよ」

「へいへい……」

 やる気のない返事をした猛千代だったが、目を閉じ、言われたとおりに聴覚に意識を集中させる。

 鈴姫が大きく息を吸い込んだのが聞こえ、直後に柔らかな横笛の音が家中に響いた。



 演奏が終わると、猛千代は長く息を吐いた。

「いや……、俺は笛のことはさっぱりだが、見事じゃねぇか……」

 閉じていた目を開けると、鈴姫はまだ目を瞑ったままだった。

 まるで別の世界から帰ってくるかのように、金色の睫毛が震え、ゆっくりと瞳が開かれる。

「ふふっ、いちばん得意な曲を聞かせてあげたのよ。感謝してよね」

 鈴姫が顔をほころばせると、猛千代はなぜか急に焦ったように視線をずらした。

「で、でも、一回だけ指が滑っただろ。俺は耳を澄まして聴いてたからな、気づいたぜ」

「仕方ないじゃない!緊張してたん……」

 はっとして、鈴姫は言葉を途中で止めた。

「人がせっかく演奏してあげたのに、その言い方はないでしょっ!」

 鈴姫がかっとなってなのか、言いかけてやめた。

言葉をごまかすためなのか鉄芯入りの笛を猛千代に振り下ろしかけると、猛千代は咄嗟に脇に置いてあった木刀でそれを弾いた。

「っぶねー。お前、女とは思えない怪力なんだから気をつけ……うおおっ!?」

 喉元を掠めていった凶器に、猛千代が悲鳴を上げた。

「もう、あったまきた!」

「なんだ、やるか?」

 答えの代わりに、手元を狙って笛が突き出される。

 猛千代はそれを木刀の根元で受け止めた。

 お互い刀ではない獲物で鍔迫り合いをしながら、じりじりと家の出口の方に移動していく。

「家の中で暴れちゃったら、さすがにかわいそうね」

「あたりまえだ。借家を壊されてたまるか」

 後ろ手に戸を開くと、猛千代は木刀に思い切り体重をかけ、鈴姫の押し返す力を利用してそのまま外に跳んだ。
 
 鈴姫もすぐさまそれを追う。

「ったく、そんなおてんばじゃ、婿がこねーぜ!」

 言い放ちながら打ち下ろした木刀の切っ先は、打ち返されて、鈴姫の髪を払っただけで終わる。

 軽く後ろにのけぞったところに足払いをかけられて、危うくひっくり返りそうになるのを耐え、踏ん張った反動を利用して、

今度は胴を狙って突きを繰り出す。

「あっぶな! 女の子に容赦ないなんて、アンタも男らしくないわね!」

「るせえ、女扱いしてほしけりゃ、もっと上品になり……なっ!」

 刀とはまったく違う、乾いた音を立てて、笛と木刀がぶつかる。

 そのまま力は拮抗して、合わさった部分でキリキリと削れていくような音がする。

「ちょっと、このままじゃアタシの笛が傷だらけになっちゃうじゃない」

「笛を武器にしてるのが悪いんだろうが、そもそも」

「うるさいわね! このニセ侍っ」

「なんだとぉ……、聞き捨てならねえな」

 二人は武器を合わせたまま、鋭い視線を交わす。

 数分が過ぎ、痺れを切らした猛千代が仕掛けようとした瞬間だった。

 猛千代が動くよりも先に、突然、鈴姫が大きく後ろに飛んだ。

「…………へ?」

 先ほどまでの闘気がさっぱり消えてしまい、鈴姫は顔をこわばらせ、その場で固まってしまった。

 思いもよらない行動に、あっけにとられた猛千代も、同じように動きを止め木刀を下ろす。

 すると、遠くからなんとなく聞き覚えのある声がしてくる。

「―――……姫ー! 迎えに来ましたぞ―――――!」

「うげー……やっぱり、じいだ……」

 鈴姫はげんなりすると、そそくさと笛を懐にしまい込み、後ずさりしながら猛千代を指差した。

「この勝負、預けたわよ!」

「……いや、もういいだろ」

「じゃあねっ!」

 猛千代の呟きには答えず、鈴姫は裏門からあっという間に飛び出して行った。

「ったく……」

 短いため息をついた猛千代は、夕日に染まった庭を眺めながら、大きく伸びをする。

「あー、ちくしょう。今日も平和だなぁ」

 そう言って彼は微笑んだ。