サムライスピリッツ零・公式ストーリー


ナコルル


リムルル


レラ


ガルフォード


ナコルル


カムイコタンはいつもと変わらぬ平穏な時の流れの中にあった。

 陽射しは春の暖かさを増し、雪解けが近づいている。

「コンルー。待ってー」

 無邪気にコンルとはしゃいでいるリムルルを、ナコルルは愛おしげに見つめる。

 優しい祖父母、敬愛する父、慕ってくれる妹、そして大自然に囲まれて過ごす穏やかな日々。

――こんなにも私は幸せに恵まれている。

 そう実感していたナコルルの元に、彼方の空よりママハハが何かを携えてきた。

「ママハハ……? どうしたの?」

 ママハハからナコルルに手渡されたそれは、宝刀チチウシ。

「これは……父様の刀!? ママハハ、父様に何かあったの? うそ……父様が……そんなの、信じられない……。ママハハ! 父様はどこに?」

 ママハハは再び空へ飛び立つ。長旅であったに違いない。だが、悲しげな鳴き声を響かせながら、休むことも拒否し、

翼を広げてナコルルに方向を示す。

 チチウシを強く握り締め、駆け出すその足を止めて、ナコルルは振り返る。

「リムルル、ごめんね。ちょっと出掛けてくるからね……」

 話せば、きっとついて来るだろう。だから、黙って行くしかない。

「すぐ戻ってくるから、待っててね……」

 あの日の約束、片時も忘れたことはないけれど――。

 唇を噛み締め、駆け出したナコルルは何度も何度もその心の中で謝った。

――だけど、今は父様を……早く……!




リムルル

「ねえさまー! おばあちゃんがラタシケプ作ってくれたよ」

 リムルルは揚々と広場に戻る。ラタシケプは好物だった。

ナコルルが毎朝作ってくれるラタシケプで一日が始まる。

ナコルルにラタシケプの作り方を教えたのはもちろん祖母で、その旨味は言うまでもない。リムルルにとってはうれしいおやつだ。

「一緒に食べ……あれ? 姉様?」

 そこに大好きな姉の姿はなかった。いつものように、優しく微笑んでくれていると思っていたのに……ナコルルはいなかった。

コンルと遊んで家の前まで行ってしまい、戻って来るだけのわずかな時間に……。

 ふと、リムルルは気付く。ナコルルがいたはずの場所から、村の外へと足跡が続いている。雪を強く蹴り出している痕跡から、かなり急いでいた姿が想像できる。

「姉様……お外に行っちゃったみたい。なんで?」

 リムルルが不思議そうに首をかしげると、コンルも左右に揺れる。

「うーん……」

 しかめっ面で悩んでいたが、すぐにパッと満面の笑顔に切り替わる。

――かくれんぼだ! 姉様ってばもうっ!

「コンル、姉様探しにいこっ!」

 ナコルルの足跡を追って、リムルルは笑顔で駆け出す。

 すごく、すごく、大好きな、姉とずっと一緒にいたいから――。




レラ

「やめて! お願い、落ち着いて!」

 その言葉は届かなかったのか、無視されたのか――。一縷の悲鳴さえも漏れなかった。

ナコルルの何倍はあろうかという巨大な暴れ熊の突進をその身に受け、ナコルルは大地に横たわる。

痛みを感じるより先に意識が途絶えたことは幸運といえよう。

 白く霞む世界でナコルルは見た。倒れている自分を見上げる、もう一人の自分を。 

「闘いなさい、ナコルル。逃げたって何も解決しないわ。あなた、死ぬわよ? 父様を探せないまま、自然を守れないまま、そしてリムルルを残して――死んじゃう。それでいいんだ?」

 答えられない。それは、ずっと、いつも、ナコルルが悩み通している命題……。

「私はそんなのお断りね。ナコルル、あなた、しばらくじっとしてなさい。私が戦うから。見てなさい」

 視界が完全に白く染まっていく。深層意識も完全に途切れ――もう一人の自分が立ち上がる。

全身を砕かれた痛みも衝撃も意に介さず、もう一人のナコルル――レラは立ち上がる。

再び迫り来る暴れ熊に、冷めた瞳で対峙する。

「邪気にあてられて、自分を見失ったのね」

 風に乗せて囁くような呟き。それはレラからすれば、精いっぱいの慰めの言葉――。

 刹那、地を蹴るレラの姿は暴れ熊の裏側にあった。振り抜いたチチウシの刃先から、紅の雫が静かに落ちる。

「ガアアアアアアアア!?」

 その巨躯に見合った断末魔の咆哮。その終わりは喉から逆流する吐血に掻き消えた。

 冷たい輝きをその瞳に宿し、間もなく息絶えるであろう暴れ熊を見下ろす。レラは頬の返り血を拭い、チチウシの血を払い、そして言い放つ。

「父様を探しに行くの。あなた、邪魔よ」 




ガルフォード

「ヘイ! パピー! ジャパンが危ない!」

 大好きなご主人は、帰って来るなりそう叫ぶ。

 ガルフォード――金髪に碧眼、青い忍装束に身を包んだ、全く忍んでいない忍者――の言葉に、パピーは「ワン!」と応える。

 出羽三山の人のまるで寄り付かない奥地。滝を臨む吊り橋。そこが現在のガルフォードとパピーの拠点だった。

情報収集に出かけるのをおとなしく待っていろ、と言われ、パピーは数時間の間、身じろぎ一つせずにガルフォードの帰りを待っていた。

「日輪國のキング、キョウゴク ヒノワノカミ ガオーが、ショーグン相手に戦争だ! 

このままではジャパンはめちゃくちゃだ! パピー! ここは俺たちの出番だぜ!」

 パピーは律儀に合の手を毎度のように入れて吠える。こうすると御主人の調子が良くなる。

今度の出番は正義のための戦いらしい。パピーも身震いする。

 先日のように、畑荒らしの熊退治に出掛けて逆に畑荒らしと間違えられて村人に追いかけられるようなことはとても悲しいので遠慮したい。

「暗黒の野望が俺を呼んでいる! たたきつぶせと呼んでいる! 燃えてきたぜ!」

 激しい動きを次から次へと繰り出しながら、ガルフォードの調子はうなぎのぼり。

 パピーも合の手を忘れない。ガルフォードとパピーが師事した甲賀の綾女も、こうなってしまったガルフォードをいつも温かい眼差しで見守っていた。

パピーもそれっぽい眼差しで、大好きなご主人を見守る。

「正義の風がジャスティスなオレを呼んでいる! 悪の栄えたためしなし!」

 ガルフォードは遠くを指差す。そこが目指す目的地であってほしいと切に願う。

「行くぜ! パピー!」

 パピーは吠えて、猛然と走り出すガルフォードを追い抜かないように気を遣いながら、後から着いて行く。

 大好きなご主人と、日本の平和を守るために戦うのだ。




    


サイトトップ