牙を持つ者〜牙神幻十郎・覇王丸

プロローグ・幻十郎の詠(うた)

幻十郎「(つぶやくように)我が心に巣食う獣あり。牙たて彼(か)は吠ゆる・・・・・・

殺めよ、いざ殺めよ。牙たて彼は鳴く・・・・・・殺めよ、いざ殺めよ。

彼を鎮めるに我に人、斬るほか手立てなし・・・・・・」


SE ズバッ! ザンッ! と、鋭い斬殺音あって・・・・・・


とある宿場。色街の宿の一室

SE 色街の喧騒。女達の嬌声や三味線の音なども聞こえる

SE 酒の壺をラッパ飲みしている覇王丸


覇王丸「(ぐいぐいと飲んで)・・・・・・プハーッ、うめェ! いい酒だ」


SE 襖が静かに開く

琴「(IN)そうでございましょう? ・・・・・・琴でございます」

覇王丸「琴? 変わった名の酒だな」

琴「いえ、お酒ではございません。私の名ですわ」

覇王丸「あ?  ・・・・・・ああ、なんだ」

琴「今宵一晩、お相手させていただきます。覇王丸さま」

覇王丸「(照れてぶっきらぼうに)いらん」

琴「は?」

覇王丸「いい、と言ったんだ。俺は長旅で疲れてる。飯と酒をくらったら寝る」

琴「しかし、それでは・・・・・・」

覇王丸「ゆきずりの女を抱く趣味はねぇ。他の旅籠(はたご)が一杯だったんで、この色街に宿をとる羽目になっただけで・・・・・・」

琴「では、せめて詠(うた)か舞でも」

覇王丸「俺は無粋な男でね。そういうのはよくわかんねぇんだ・・・・・・済まないけどよ」

琴「まぁ・・・・・・」

覇王丸「宿の女将に怒られるって言うんなら、その辺でごろごろしててくれ」

琴「(クスクス笑って)・・・・・・面白いお人。同じニオイのするお侍でも、あの方とは大違いですのね」

覇王丸「あの方?」

琴「(思い付き)ああ、そうだ。では、昔語りなどいたしましょう。退屈しのぎには丁度よいかも知れません」

SE スルリと着物の前をはだける琴

覇王丸「おわあッ! なんで話をするのに、前をはだけるんだよッ!」

琴「この胸を見ていただかないと、私の物語は始まりませんのよ」

覇王丸「え? (見て)・・・・・・な、なんだそれ・・・・・・刀傷じゃねぇか! しかも二筋・・・・・・」

琴「一つは・・・・・・昔、飢饉の折に、母に・・・・・・」

覇王丸「(舌打ち)チッ、口減らしかよ。家のために、か?」

琴「ええ。でも、皮肉なことに、斬られて捨てられた私だけが生き延びて・・・・・・」

覇王丸「・・・・・・」

琴「そして、もう一つは・・・・・・あの方が・・・・・・幻十郎様がつけたもの・・・・・・」

覇王丸「(息を飲み)・・・・・・幻十郎!」

琴「御存知ですの? 牙神幻十郎様を・・・・・・」

覇王丸「・・・・・・知ってる」

琴「なんと不思議な御縁・・・・・・これは、ますますお話ししなくてはいけませんわね・・・・・・」

覇王丸「あ・・・・・・ああ・・・・・・」


M  昔語り〜



同宿の一室(回想。数年前)

琴「(語り)幻十郎様がこの宿にやってこられたのは・・・・・・もう何年も前のことでございます。

かなり長い間、お泊りになっていらっしゃいました。後から思えば、あれは、人斬りの仕事を請け負ってのことだったのでございましょう・・・・・・」


SE 昼の街。走りすぎる子供達や物売りの声

幻十郎「(目覚め)う・・・・・・ううむ・・・・・・」

SE 床の中で、衣擦れの音あって・・・・・・

琴「お目覚めですか、幻十郎さま?」

幻十郎「・・・・・・琴か。早いな」

琴「何をおっしゃいます? もう陽は高く昇っておりますよ」

幻十郎「そうか・・・・・・。酒を持ってきてくれ」

琴「良くありませんわよ。昨夜もあんなに・・・・・・」

幻十郎「黙れ。口答えするな」

琴「でも・・・・・・あなた様の事が心配で・・・・・・」

幻十郎「おい。お前は俺のなんだ? 母親か? それとも女房か? 金で俺に買われた女だろうが・・・・・・ええ? 黙って言う通りにしろ!」

琴「・・・・・・はい」

SE 床を立つ琴。襖を開け外へ・・・・・・

幻十郎「琴」

琴「(OFF)はい?」

幻十郎「勘違いするなよ・・・・・・そんな胸の傷ひとつで、俺の女になったと。いいな?」

琴「・・・・・・」

琴「(語り)そう言って・・・・・・幻十郎様は、外を向いておしまいになりました。

でも・・・・・・幻十郎様の背中の刀傷は母上様につけられたもの・・・・・・そう、私の胸の傷と同じように。

その傷同士が強くひかれ合っていると・・・・・・そう思ってしまった私は愚かだったのでしょうか?」


同、街はずれ。夜(回想。数年前)

SE 虫の声など夜の雰囲気

SE 遠くから響いてくる、色街のBGM

SE 幻十郎の足音(IN)

幻十郎「(つぶやくように)我が心に巣食う獣あり。牙たて彼(か)は吠ゆる・・・・・・

殺めよ、いざ殺めよ。牙たて彼は鳴く・・・・・・殺めよ、いざ殺めよ。

彼を鎮めるに我に人、斬るほか手立てなし・・・・・・」

SE ピタリと止まる足音

幻十郎「おい! 出てこい!」

SE ザザザ・・・・・・大勢の足音、幻十郎を囲む

幻十郎「(数え)八、九、十・・・・・・フッ、なんだ、この程度の人数で待ち伏せとは・・・・・・俺もなめられたもんだな」

地回りA「なにぃ?!」

幻十郎「・・・・・・徳造とかいう馬鹿なヤクザの差し金だな?」

地回りA「馬鹿はあんたの方だぜ。この街でうちの親分を斬ろうなんざ、正気の沙汰じゃねぇ。あっという間に地獄行きだ」

幻十郎「(苦笑)阿呆が・・・・・・」

SE 鞘から抜き放たれる、地回り達の刃

地回り達「何っ!」
      「この!」
      「手前ーッ!」

SE 鋭く鞘走る幻十郎の刀

SE ザン! ザン! と連続で響く斬殺音!

地回り達「(相次ぐ悲鳴)!!」

幻十郎「一つ!」(SE 疾駆する幻十郎の凶刃、肉を断ち!) 

地回り達「(悲鳴)!!」

幻十郎「二つ!」(SE 骨を断ち!)

地回り達「(悲鳴)!!」

幻十郎「三つ!」(SE 刃向かう者を両断する!)

地回り達「(悲鳴)!!」

幻十郎「猪鹿蝶!」

地回り達「(声にならないうめきを上げ倒れる)・・・・・・!」

SE ドサリ・・・・・・と倒れる地回り達

SE 幻十郎、刀を振り

幻十郎「・・・・・・フッ、話にもならん。これで、どっちが馬鹿か分かったろう?」

地回りA「う・・・・・・ゴ、ゴホゴホ・・・・・・そいつは・・・・・・どうかな・・・・・・。今頃、親分の手はあんたの女に伸びてるぜ・・・・・・」

幻十郎「なに?」

地回りA「女を・・・・・・人質に取った。女の命が惜しかったら、刀を捨てて親分の所へ行けや・・・・・・」

幻十郎「ク・・・・・・。ククク・・・・・・ハハハハ!」

地回りA「なにがおかしい」

幻十郎「つくづく愚かだな・・・・・・あの女は、俺とはなんの関りもない!」

地回りA「え?」

幻十郎「死ね」

SE ザクッと地回りAを刺し貫く刃

地回りA「ぎゃあああ! (絶命)」

幻十郎「・・・・・・ふんッ・・・・・・」

やや、間があって・・・・・・

幻十郎「・・・・・・下衆が!」

SE ダッと踵を返し、駆け出す幻十郎




同、徳造の屋敷(回想。数年前)

SE 遠くから騒乱音。刀同士が激突。肉を切り裂く音と斬り捨てられる男達の悲鳴

徳造「えええい! 何をしている! 相手はたかが一人ではないか!」

地回りB「や、奴は、強すぎます! 親分、早くその女を連れて、逃げてくだせぇッ!」

徳造「そ、そんなことが出来ると思うか!」

地回りB「でもッ!」

SE バーン! と襖が蹴破られる!

徳造「ヒイッ!」

幻十郎「ほほう・・・・・・(IN)逃げないとは、いい度胸だな」

琴「幻十郎様!」

地回りB「(切りかかる)おのれぇッ!」

幻十郎「(裂帛の気合)オリャアアーッ!」

SE 一刀のもとに斬り捨てる!

地回りB「ぎゃーーーッ!」

徳造「き、き、貴様ッ・・・・・・この、お、お、女が・・・・・・見えないか!」

琴「(SE 刀を突きつけられ)きゃッ!」

徳造「殺すぞ・・・・・・こ、殺すぞ」

琴「(おびえて)う・・・・・・う・・・・・・」

幻十郎「くだらん。やってみるがいい。やれよ・・・・・・」

徳造「く・・・・・・来るな! 寄るな!」

幻十郎「どうした? 女を殺さんのか?」

徳造「来るなーーッ!」

幻十郎「ならば・・・・・・」

SE チャリッと、刀を上段に構える幻十郎

徳造「うッ?!」

琴「(息を飲む)!」

幻十郎「かわりに俺が・・・・・・殺してやろう!」

SE 無造作に振り降ろされる刀! 琴を斬る!

琴「きゃああああッ!!」

徳造「(驚愕)げえええッ?!」

SE ドサリ・・・・・・と倒れる琴

琴「げ・・・・・・幻十郎・・・・・・さ・・・・・・ま・・・・・・(事切れる感じ)」

徳造「貴様ッ、し、正気か! 自分の女をッ!」

幻十郎「ふんッ、笑わせるな。俺は天涯孤独。この世に、俺の女などおらぬわ」

徳造「な・・・・・・んだと・・・・・・」

幻十郎「あの世で悔いるんだな・・・・・・この阿呆が!」

SE 幻十郎の刃、一閃! 徳造を斬殺!

徳造「(魂切る悲鳴)!!」

SE 徳造、血の海にビチャリと崩れ落ちる


(F.O〜〜以上、回想終わり)



宿場。色街の宿の一室(現在)

SE トクトクと椀に注がれる酒

覇王丸「(飲む)・・・・・・。で、その時の傷が・・・・・・それか?」

琴「ええ」

覇王丸「信じられねェな。あの野郎に斬られて、生きてるなんてよ」

琴「お医者様の話では・・・・・・見事に急所を外れていたそうでございます・・・・・・

まるで狙ったかのように」

覇王丸「・・・・・・(ポツリと)信じられねェな」

M 静かに忍び入り・・・・・・

琴「・・・・・・あなた様は・・・・・・」

覇王丸「ええ?」

琴「きっと、幻十郎様と剣を交える方なのですね? 命をかけて」

覇王丸「・・・・・・。そうだ・・・・・・と言ったら?」

琴「一つ、お願いがございます」

覇王丸「命乞いなら聞けねェぜ」

琴「いえ、そうではございません。もし・・・・・・幻十郎様が負けるようなことがあれば・・・・・・」

覇王丸「・・・・・・」

琴「首を・・・・・・私に」

覇王丸「首?」

琴「幻十郎様を弔うのは・・・・・・この世で、たぶん私一人でございましょうから」

覇王丸「・・・・・・そうか・・・・・・。だがよ、あいつとの決着はいつになるか分からないぜ」

琴「・・・・・・」

覇王丸「五年先か・・・・・・それとも十年か」

琴「構いません。ずっと・・・・・・お待ち申しております・・・・・・」

色街の喧騒が・・・・・・二人を包み込んで・・・・・・



(終劇)


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