月光虹 破(弐) |
「さて。封魔の力を持つ娘よ。貴様はそのちっぽけな脳髄で考え続けていたことであろう。 何故に己が此処に留まるのか、その意味を。」 葉月を目前に正座させ、中空に浮かんだ水邪は語りかける。 水邪が結界と称する岩屋の中。 彼女が昼寝し、寝かしつけた葉月が一息吐いていた所に、水邪がやって来たのだった。 「今からそれを教えてやろう。神自らの御幸、感謝するがよいぞ。」 無駄に水邪を刺激することは避けなくてはならないと感知している葉月は、大人しく畏まっている。 しかし、彼女は考え続けていた。 水邪に対し、幾つか聞きたいことがあった。それをどう切り出せばよいかと。 「・・・・・・えぇと・・・・・・あのぅ、 葉月の呼びかけに、水邪の眉が動いた。 「封魔の娘よ。我は神である。神に本来名は存在せぬ。 確かに、今貴様が口にしたのは、我がこの世で最も尊き存在たる神となる以前、 蛹であった頃の呼び名に相違ないが、貴様にそれを口にする資格はない。」 「あの・・・・・・それじゃ、どうお呼びしたらいいんですか?」 「神は神でよい。だが貴様が不便を感じると言うならば水邪と呼べ。 我が正式に神となる直前の、云わばアヴァターラ(化身)としての名だ。」 後半の言葉は意味がわからなかったが、とりあえず当人が言うのだからそう呼んでおけば間違いはないのだろう。 「はい、わかりました・・・・・・。では水邪さま、 「水を以って世界を再生創造し、恵みを施す我が水邪ならば、 戦波は焔と熱でこの穢れた世界を灰燼に帰す、破壊の神となるべき存在。 それ故に、奴は炎邪と呼ばれる。無論、我同様アヴァターラとしての呼び名である。」 「はい。」 葉月は粛として畏まってみせる。 「貴様は中々解りが良いな。では、神となる我らに献身的に仕える存在となるべく、今から貴様に再教育を施してやろう。」 葉月はその言葉に目を上げた。 「再教育・・・・・・ですか?」 おそるおそる尋ねる。 「然り。我らが如何に偉大なる存在であるかを知り、 我らに選ばれしその身が如何に幸運であったかを理解するための教えを受け取るのだ。」 「はぁ・・・・・・。」 わかったようなわからないような気持ちで、葉月は生返事を返した。 だが、これは格好の機会かもしれないと思い直す。 その”再教育”の合間に、上手くすれば葉月の知りたいことを聞き出せるかもしれない。 よし、と葉月は心の中で自分に号令する。 「あのぅ、でしたら水邪さま。お聞きしたいことがあるんですけど、よろしいでしょうか?」 「何だ。」 水邪は僅かに眉をひそめた。 「はい。水邪さまにお仕えする者として、ええと、どうして水邪さまが、その・・・・・・ 今の素晴らしいお力を得られたのかを、私は知りたいのです。」 そう言うと葉月は三つ指を突き、頭を下げる。 うっかりと水邪の気を損ねる言い方をしなかったかと、内心気を揉みながら。 頭を下げた葉月には当然見えていなかったが、水邪は顎に指を当て、自分に頭を下げた葉月の粛々たる姿に 満足げな笑みを浮かべていた。 「よかろう。」 しばしの間を置き、水邪が答える。 「では、神の輝かしき来歴を聞かせてやろう。光栄に思うがよいぞ。 我と炎邪は、かつて劉雲飛という男に師事していた。おそらく貴様も、そこで眠り呆けている小娘から聞いているのであろうが。 その劉雲飛は、ある時魔に憑かれた。闇キ皇と呼ばれ、人間どもには見ることも触れることも叶わぬ妖物よ。」 水邪はその面に冷笑を浮かべる。 「くらきすめらぎ・・・・・・ですか。」 その名を葉月は、記憶から手繰り出す。 (そう言えば・・・・・・蒼月兄さんが言ってた。) 忍び稼業の他、”魔を封じる”ことを裏の生業としてきた風間忍群。その切り札である、”封魔の力を持つ者”として、 葉月は長兄蒼月を通じ、様々な魔に関する話も聞き及んでいたのだった。 兄の端麗かつ、冷涼な面が目に浮かぶ。 「葉月。心しておきなさい。お前の力は歴代の封魔の者でも稀に見る強大なもの・・・・・・しかし限度はあります。」 兄の怜悧な瞳が葉月を見ていた。 「大抵の雑魚のような魔物なら、お前の力に抗うことは不可能でしょう。 ですが、世にはお前の手に負えない余りにも強大な魔物もいます。 例えば・・・・・・そうですね。 羅将神ミヅキ、そして闇キ皇あたりになりますか。」 葉月は、語る兄を真摯な眼差しで見つめつつ、次の言葉を待っていた。 「羅将神ミヅキは恐山を本拠地とする、千年の時を経た魔物。闇キ皇が世に現れた記録が残るのも、やはり千年前です。 どちらも生半可なことで封じることは叶いません。ミヅキは百数十年前に京の法力僧たちによって、 闇キ皇は千年前に憑かれた男の弟子たちによって、封印されたと伝えられています。」 蒼月は静かな、だが鋭利な視線で葉月を見つめ返した。 「いずれの魔も、ただ一人の力でどうにかなるような存在ではないのです。 良いですね、葉月。己の力を過信することがあってはなりませんよ。」 (その闇キ皇に憑かれたのが・・・・・・この人たちのお師匠様で、淑鈴ちゃんのお父さんだったんだ・・・・・・。) 思いを巡らせる葉月の前で、水邪は得意げに語り続けている。 「実に心の震える、壮麗な光景であったぞ。闇キ皇に憑かれた師の下で長安は紅に染まり、 また霹靂の如き光に燃え上がり、あらゆるものが破壊されたのだ。」 水邪の口から語られる千年前の惨事。聞くうちに葉月は、 ”両親や兄弟子達に逢えなかった”と言っていた、淑鈴の怯えた様子を思い出した。 (それじゃあ、もしかして淑鈴ちゃんは・・・・・・。) 一つの可能性が心に浮かんだが、突き詰めることが恐ろしくて葉月はそれを遮断する。 水邪の話もまだ続いていた。そちらに耳を傾け、心を集中させる。 「我らは、師雲飛の師に当たる老爺の命により、闇キ皇の憑代と化した師をとある霊峰の巨岩に封印した。 その後我と炎邪は、師に伝授された天仙遁甲の教えを放棄することを決断したのだ。 我らの得るべきは、闇キ皇を生み出した、人知を超えた魔界の力。そもそも我らは肉体を天仙と化すべく修行を重ねていたが、 闇キ皇の持つ魔界の力はそれを遥かに凌駕する。どちらを取るかは言うまでもあるまい?」 水邪は、ぐいと顎を上げた。 「そうして我らは、凡俗の者どもには決して届かぬ修練を積み重ね、各々水と火を自在に操る偉大なる力を会得したのだ。」 「・・・・・・水邪さまのお話、よくわかりました。」 葉月は頭を下げて畏まる。 水邪は空中で組んだ足を解き、宙に浮かんだままで踊るような姿をとった。 「我らは直に、この世界の破壊と創造を司る神となる。炎邪がこの塵芥の世を爆熱と業炎で清め、 我が水をもちて世を再生し、我を崇める俗物どもに恵みを施す。 この大いなる唯一つの循環の中で、世界は永遠に維持されるのだ。」 陶然としていた水邪は、そこで葉月に目を向ける。 「その暁には貴様にも働いてもらうぞ、封魔の娘よ。」 「私が・・・・・・ですか?」 「然り。万物には創造と破壊が付き纏う。そして、その中間には神の創造物が維持される状態がある。 すなわちトリムールティ、三神一体である。炎邪はラジャス(激質・情熱の特性)を体現し、 我はサットヴァ(純質・慈悲と善の特性)を体現し、そして貴様は”維持する者”、としてタマスを体現するのだ。」 「はぁ・・・・・・。」 相変わらず、わからない言葉だった。できればわかる言葉で話してほしいな、と葉月は内心思う。 「タマスとは暗黒の特性であるが、悪しきものを意味してはおらぬぞ。 そう、それすなわち暗黒を封じる役目である。 貴様はその封魔の力で、創造と破壊を担う神の世を脅かす者ども、魔界の門より迷い出た魔物どもを封じ、 我らの世界を平安のうちに維持するのだ。 神たる我直々に重大な使命を与えられしこと、光栄に思うが良い。」 「はい・・・・・・。」 返事を返しながら葉月は、困ったな、と心にため息をつく。 また疑問が増えてしまった。 この人たちは神様になる、と言っているけれど、一体どうやって? 聞くと話は長くなりそうだし、果たして理解のできる話なのかもわからないので、 もう少し簡単に答えの得られそうな質問を、葉月は水邪にぶつけてみることにした。 「水邪さまのお話は、よくわかりました。もう一つお聞きしたいことあるんですけど・・・・・・よろしいですか?」 「何だ。」 「淑鈴ちゃんは・・・・・・どうして水邪さまのお手元に置かれているのでしょうか?」 水邪は、笑みを浮かべた。 どんな気持ちを表す笑みなのか、葉月にはわからなかった。 しばし、沈黙が両者の間に流れる。 「あの・・・・・・淑鈴ちゃんは、水邪さまたちのお師匠様の娘さん、ですよね・・・・・・?」 「奴にも果たすべき役目がある。」 水邪は涼やかにも聞こえる調子で言った。 「貴様とはまた違った、神の役に立つ重大なる使命だ。」 それは何でしょうか、とは、何故か聞くことはためらわれた。 奇妙な重圧が、その場を支配していた。 水邪が葉月を流し見る。 「とりあえず、封魔の娘よ。あの小娘の体調には充分に注意してやれ。本日の再教育はここまでとする。」 江戸は浅草。 日の暮れかけた頃、祭りが行われていた。 太鼓と笛の音、様々な屋台、火の入った提灯の群れ、楽しげに行き交う町の人々。 花火師の一家、祭囃子の三代目・双六は、打ち上げ花火の準備に追われていた。 花火師の一番の晴れ舞台だ。 その最中、突如地鳴りが響き渡る。 同時に沸き起こる人々の悲鳴。 「何でぇっ!?」 地震か、爆発か? しかし周囲の花火は無事だった。 何やら重たいものが落下し、地面に激突したといった風な衝撃だったが。 「化けもんだぁ―――――っ!!」 「ひいい―――――っ!!」 そんな声や悲鳴が辺りを飛び交い、人々が散り散りに逃げてくる。 祭りの楽しげな雰囲気は掻き消え、喧騒が辺りを駆け巡る。 「畜生がぁ! 俺っちらの祭が台無しじゃねぇかい!」 言うなり双六は、砲筒”祭囃子一発”を抱え立ち上がった。 「お前さん!」 腕に娘のお駒を抱えた、女房の歌留多の呼ぶ声に、引き止めようとする気配を双六は感じ取る。 「心配するねぇ、歌留多!」 振り向きざまに女房に告げたその時、喧騒の真っ只中で、双六のところの手伝いの若衆の叫び声が響いた。 「いけねぇ!」 「爺さんが!!」 目をやって、双六は察する。 風車売りの爺さんが逃げ遅れた。 吹き飛ばされて腰を抜かしたらしい爺さんは、売り物の風車の群れが風に回っている裏側によろよろと廻り、 頭を抱えて縮こまる他になす術がなかった。 そのほぼ真前に、空から舞い降りて来た得体の知れない化け物がいる。 遠目から見た姿形だけは、人間と一緒ではあったが。 体の周りからうっすらと煙が漂い、化け物の周りの地面は陥没していた。さながら隕石の落下後である。 化け物は、爺さんの売っていた山ほどの風車の方に向け、足を踏み出した。 「歌留多っ! おめぇはお駒と皆を見てろい!」 女房に言うが早いか、太い腕に祭囃子一発を抱え込んだ双六は駆け出す。 既に化け物の降り立った周辺一帯から、人の姿は消え失せていた。 喧嘩は先手必勝。 それが双六の信条だった。 相手の手や出方を見る、などというまどろっこしい事をする前に、一気に打って出て一気にぶちのめす。 これまでの喧嘩は大抵が、そのやり方で片付いた。 しかし今回の相手は、曲がりなりにも化け物。慎重に行かなくてはならない。 人間相手にそんな真似をしたことはないが、祭囃子一発を上からおっ被せて、 身動きをとれなくした上でぶちのめした方が得策だろう。 結局はいつもと同じだ。 喧嘩は先手必勝! が、化け物の側に一気に走り寄ったはいいものの、目にした妙な事態に双六はいつものようには動けなかった。 化け物は暴れもせず、目の前で震えて縮こまる爺さんにも、周囲の放置された屋台にも目をくれず、 きょろきょろと、回る風車の群れを見回していた。 まるで、子供が風車を熱心に吟味しているようだ。 (てやんでぇ! シカト決め込むつもりかい、化けもんが!) あまり愉快な気持ちではなかったので、敢えて双六は足を踏ん張り声を限りに、腹の底から叫んだ。 「うわっっしょおぉ―――――い!!」 風車を吟味していたらしい化け物は、さすがに顔を向け双六を捉えた。 「グォルァッ!?」 「化けもんめがぁ! てめぇの相手はこの祭囃子双六でい!」 威勢良く啖呵を斬った双六だが、次の刹那に怪訝な表情になる。 金色の蓬髪と太い眉、瞳のない目と犬歯を持った、男の姿をした化け物は目を瞬いたが、 次の刹那双六を無視して、またもからからと回る風車の群れに目を戻した。 「ドゥラッ!!」 双六が次に何かをする前に、化け物は風車を二つ、両手に一つずつ引っ掴むが早いか、 「ボッッゴルァァ―――――!!」 その場から上空に飛び立った。 双六は腕で顔を覆い、湧き上がる風を防いだ。 それが収まった頃には、辺りには祭りの後と違った静けさのみが残っていた。 双六のところの若衆たちと、お駒を抱いた女房の歌留多が駆け寄ってくる。 若衆たちは腰を抜かしていた爺さんを立たせて運び、歌留多は双六に話し掛けた。 「お前さん! 大丈夫かい? 怪我はしなかったかい?」 「べらぼうめぇ。化けもんは勝手に飛んでっちまったし、怪我もへちまもありゃしねぇよ。」 「父ちゃあん。」 心配そうな幼い娘の声に、祭囃子一発を降ろした双六は歌留多から娘を受け取り、抱え上げてやる。 「とどのつまりあの化けもんは、風車盗りにきやがっただけだった、てのかい? ったく人騒がせな野郎だぜい。 ・・・・・・しかし、なんか風流な化けもんもいたもんだなぁ。」 何に使うつもりなんでぇ。 そう双六は思ったが、次の刹那に化け物のことは頭から押しやった。 まだ宵の口。ケチがついちまったが、何とか祭りを立て直そうか。 「ボンドッゴラ―――――!!」 そして地響き。 完全に、ではないにせよ、葉月ももう慣れていた。 「お帰りなさい。」 「ゴォラッ!!」 炎邪が葉月の前に投げ出したのは鍋と薪。 続けて葉月の教えた食用になる野草の束に、絞められた鳥だった。 (鍋は・・・・・・どこかから盗ってきたんだよね・・・・・・やっぱり。) ごめんなさいと、葉月は心の中で鍋の持ち主に謝った。 「ふにゃー。」 目をこすりつつ起きた淑鈴が、葉月の側にやって来る。 「はれ。お鍋作るでスか、戦波師兄?」 「ドゥアッ! ヴィリルォラー!!」 「戦波師兄は、葉月師姐のお料理食べたいデスか? 淑鈴も食べたいデス〜!」 「でも、ここじゃお料理できないね。かまどがないから火を 「ゴウォッ?」 「葉月師姐ー、火だったら戦波師兄が出してくれるでスよ。」 葉月は困った顔になりながら笑う。 「炎邪さんの火は、お料理には向いてないでしょ?」 「ボッゴラ!!」 雄叫びをあげるが早いか、炎邪は岩屋を走り出ていた。 葉月と淑鈴のところに食事を持ってくるのは炎邪だったが、 焼かれた獣の肉以外はなかった。 他のものも食べたいデスー、と淑鈴が言い出したが炎邪はそれ以外と言われてもわからなかったらしい。 葉月は、山で採れる野草や木の実、果実などを炎邪に身振り手振り、または淑鈴の通訳で伝え・・・・・・ 非常に骨の折れることだったが・・・・・・結果、ようやく二人は肉以外の食べ物にありつけたのだった。 お料理ができれば、もっと別なものを食べさせてあげられるんだけど、という葉月の言葉を聞いた炎邪は この日鍋とその具材を持ち帰ってきたのである。 しばらくの後。 炎邪と違い、頻繁には岩屋に入ってこない水邪が姿を見せた。 「継海大師兄デスー。」 挨拶する淑鈴を尻目に、水邪は怪訝な表情で葉月に問う。 「炎邪は、一体何をしている?」 「・・・・・・何をしているんですか?」 「岩を拾って来ては表で積み上げている。何のつもりか意図を汲みかねる。貴様は何か知らぬか。」 「かまどのことかな?」 葉月と淑鈴は顔を見合わせた。 「かまどだと?」 「えとでスネ、”カマド”があったらデスね継海大師兄、葉月師姐がお料理を作ってくれるでスよー。」 「何を愚かなことを。世の栄枯盛衰を司る神となるべき者が、そのような匹夫の下賎なる些事に手を染めるなど。 しかもあれは、適当に積み上げているのみだ! かまどになど成り得る筈もない。」 葉月と淑鈴は、互いに目を瞬く。 (適当に積み上げてるだけ、ね。なんだかわかる気がする。) 葉月には、その様子が目に浮かぶようだった。 「はれー。かまどにならないでスか? 葉月師姐ー、戦波師兄をお手伝いしに行くデス!」 「この結界より出でることは許さぬ。」水邪の声が鋭さを増した。 「大体貴様達が何の手助けになるか。此処に留まっていろ。炎邪には我が指示を出す。」 すると淑鈴は、笑いながら無邪気に言った。 「継海師兄。戦波師兄にはー、”少しはシリョというものが必要だ”、って思うデスか?」 「黙らぬか。小娘が。貴様が関知することではない。」 言い捨てると水邪は背を向け、岩屋を立ち去る。 淑鈴が小首をかしげた。 「淑鈴、何か悪いこと言っちゃったでスか? 葉月師姐。」 「わからないけど・・・・・・思慮が必要だ、って昔誰かが炎邪さんに言ってたの?」 淑鈴は、葉月に笑いかける。 「ハイ! お父さんデス!」 数日後。 「ゴルァ、ジョラジョララァ―――――!」 雄叫びをあげる炎邪は、急降下でとある岩の上に降り立った。 「ドゥシャッ!」 そこで今日の戦利品、というより強奪品を確認してみる。 簪(かんざし)が二つ。赤いものと青いものだ。 赤い方は封魔の娘葉月に、青い方は淑鈴に似合いそうだと。人の思考にすれば、炎邪はそのように思った。 この間の風車二つも喜ばれた。淑鈴は大はしゃぎで、何度も炎邪に「ありがとデスー!」と繰り返していた。 葉月の方も笑顔ではあったが、その後こう言った。 「あのぅ、炎邪さん。あんまり人のものを盗ってこないでくださいね。困ってる人がいるわけだし・・・・・・。」 しかし炎邪にしてみれば、誰が困ろうと知ったことではない。 葉月と淑鈴が笑顔になるのが嬉しい。 何だかよくわからないが、破壊し、燃やし尽くし、焦がし尽くし、息の根を止めるのとは また違った嬉しさがある。 二人が喜ぶのなら、気の向く限りは続けるつもりでいた。 それに葉月がこしらえた料理は美味い。 そう感じるのは実に久々のことだった。何時以来だろうか。 そうだ、かつて劉雲飛の弟子の一人であった頃。師の妻である師娘の作った料理も美味かった。 葉月とどちらが、と考えると何分にも千年前のこと、流石に比較するのは困難だったが。 故に、炎邪は考えるのを止めた。 どちらも同じくらいに美味い、ということにしておいた。 戻ろうとした炎邪の前に、風が吹いた。 「・・・・・・フゥオオォ?」 妙に覚えのある風・・・・・・そして感じた、覚えのある気配。 顔をあげた。風と共に、天空から舞い降りてきた何者か。 長い髪と、髭は純白だった。 その男は、齢を重ねていた。 しかしその目は昔のままだった。 いや、あの頃よりも澄み切っていて、険しく鋭く、 そして今は、ぞっとするほど冷たい光を宿している。 「久しいな、戦波。」 重々しい声で、男は言った。 「ガガボッ!? ゲェェ・・・・・・。」 炎邪は、思わず足を引いていた。 そんなことは、久しくあり得なかった。 決して怖気づいたわけではない。 ただ、体の奥底に眠っていた、武侠であった頃の戦いの記憶、 さらにそれ以前の、この男に鍛えられ武術を教え込まれた頃の体の記憶が、 反射的に甦ったのだった。 「成る程・・・・・・。儂を封じて後、魂を肉体より切り離すことで千年の刻を生き長らえたか。」 淡々と、男は言った。何の感情も篭っていない声だった。 「ドゥア!」 炎邪は構えを取る。 「そのような邪な穢れたモノに、自ら成り果ておって・・・・・・。」 ほんの僅かに、男の声に感情が甦ったように感じられた。怒りか、無念か、それとも。 「ヴァッハァ―――――!! ドングラボッガ―――――!!」 炎邪は、常の炎邪に戻った。 二人の娘への土産の簪を、鉄帯に無造作に突っ込む。 いい機会だ。 千年前から密かに望んでいたことを、今ここで果たせる。 この男。 師父を超え、叩き潰すこと。 「もはや貴様をかつての我が弟子と思わぬ。」 無表情に、かつての師父はかつての弟子に言う。 手にした青竜刀を構える。 「だが、貴様を屠るは師としての最後の役割であり・・・・・・」 剣指を握る。 「我が宿命よ!」 劉雲飛は、望まぬ再会を果たした弟子に向かい、そう告げた。 |