月光虹 急之序 |
「ゴオオオウオオオォォォォ!!」 拳を握り締め、炎邪は全身で吼えた。 「ドッッグゴラァァァ!!!」 手首の鉄環から噴き出した炎を拳にまとい、 炎邪はかつての師に迫り、殴り掛かる。 「温いわッ!」 低く鋭い一喝と共に、雲飛が身を翻し、 元の弟子たる炎邪目掛けて蹴りを叩き込む。 「ガアッ」 顎への衝撃に、炎邪の上体ががくんと揺らいだ。 (悪い癖が直っておらぬな。) 風に乗り、体勢を立て直した雲飛は手にした柳葉刀、天閃燕巧の切っ先を炎邪に向ける。 (闇雲に突進するなと教えたはず) 足が地を蹴る。 跳躍の勢いで前方へ吹く風に乗り、 雲飛は瞬きの刹那に間合いを詰める。 「逝け」 呟きと同時に、刃は炎邪の急所である首筋目掛け踊りかかった。 周囲に響いたのは、金属の激しくぶつかり合う響き。 にやりと、炎邪が牙を剥き出した。 炎邪の手首を覆う鉄環、 天閃燕巧の刃をぎっちりと咥え込んでいた。 「・・・・・・何っ?」 炎邪の片腕が伸び、雲飛の首筋をがっちりと掴み上げる。 牙の間から、はっきりと三つの音が漏れ出す。 「モ・エ・ロ」 首を締め上げられた雲飛は目を見張る。 刹那に凶悪な気が膨れ上がり、周囲の気温が上昇した。 肌が絶体絶命の危機を告げる。 炎邪が吼えた。 火柱が天に向けて伸び立ち、爆発し、熱が天を焦がす。 木々は刹那に漆黒に変じ蒸発し、 全てが赤々と照り輝く。 炎邪の咆哮が、 爆炎の轟きに重なり天を突く。 そして朦々と立ち込める煙の中、 炎邪は四股を踏み、巌の如く仁王立ちとなっていた。 焔が失せた岩場には、大気の燻るほか何の音もない。 完全なる静寂のみが支配し、何の気配も周囲にはない。 「ボゴラボッゴラァ―――――――――――――――!!」 哄笑を残し、炎邪はその場から飛び立った。 熱気の収まった頃。 周囲は黒一色に変じていた。 熱の揺らぎが消え、本来の姿を取り戻した岩場に陽炎が立つ。 それは人の形を作り、 おぼろげに長き鶴髪が見え、肩を覆う紅い三角巾が見え、 しばらくの後、劉雲飛が無傷の姿で佇んでいた。 険しい表情で雲飛は呟く。 「―――あれほどの力とは。」 身体を気化する仙術を会得していなければ、 五体は消し炭も残さずかつての弟子 いや、今はむしろ焔の魔神と呼ぶべきモノと化した炎邪に、燃やし尽くされていただろう。 天より下された罰、としか思えなかった、”屍解仙”となった我が身。 それゆえに救われたとは皮肉なもの。 かつて黄泉が原で怨敵である闇キ皇を滅し、ようやく全てを終わらせ 浄土で己を待つ妻の元へと逝ける、 そう安堵した雲飛は一つの現実を知ることとなった。 己が人であった頃に重ねた仙術の修練、 己に施された千年に渡る封印。 結果としてそれらが雲飛の身を、屍解仙と変じたことを。 大陸における仙人。それは上古三代の頃より人々を魅了し、憧憬を掻き立ててやまぬ存在であった。 老いることなく、死すことも無く、あらゆる懊悩に無縁な塵外の雲客。 仙人には主に三種あるとされる。 天を飛翔する天仙、地で修練を積み丹薬の服用によって仙道を得る地仙。 そして一度死して後、肉体を持ったまま仙人と化生すること、また化生した者を屍解仙と呼ぶ。 絶望の只中で、雲飛は了悟した。 己の罪は決して許されぬ。 贖罪の終わる刻は来ない。 果てることなき刻を、魔を滅し人界を保つ為にのみ在り続ける。 それが、天に下された罰であり宿命なのだと。 別れを告げた雲飛を抱擁した妻は言った。 受胎の時より仙の力を宿し、生まれることが叶わず千年の時を私の中で過ごし、 何処にも寄る辺を持たぬ子なのです。 どうか、あの子をお導きくださいませ。 そうして雲飛は、かつて永久に失われた筈の我が子と出会った。 姿を消した娘を探索する最中、 己の罪過の残滓たる、魔と化した弟子のことを知ることとなった。 罪過の償いのために、選ぶべき道はただ一つ。 だが、事は雲飛の予想よりも遥かに困難であった。 魔に堕ちた弟子戦波の力、己の下で修業を重ねていた頃とは比べ物にもならないほど 強大であることを知らされた。 今や容易に屠れる相手ではない。 (あの焔に如何様に対抗するか、よの。) そう思いを巡らせる。 その時熱気を宿した岩の上に、雲飛は目を留めた。 「これは。」 岩の上に残っていたものを拾い上げる。 「倭国の笄(こうがい)、か?」 半分熱に溶け崩れてはいたが、どうやら女性用の装飾品らしいことは見て取れた。 赤い色と青い色。 戦波が持っていたとしか考えられぬと、 雲飛は目を伏せ、神(精神)を集中させる。この装飾品の名残に、纏わりついた気を拾うべく。 魔と化した弟子戦波の、熱と硝煙の立ち込める烈火の如き気。 そしてもう一つ。 こちらは対照的に冷気を纏っていた。 かつ、形定まらず、流れ行くもの。 その流動する冷たい気には、濃厚な血の匂いが混じり合っていた。 この気の持ち主は、人の血を常食としている。 「 今、水と血を纏わり付かせた気配の主を察した雲飛は呟く。 あの頃、弟子達の中で最もつながりの深かった二人。 ”師父。時たま私は、刎頚の交わりとは継海と戦波のことを指すのかもしれないと思うのです。” 八人の弟子のうち、一番弟子であった ”正直なところ、私は彼らを羨ましく思う時もあります。” その二人が、人を捨て魔と化し、本来在りえるはずなき時代に存在している。 「・・・・・・これも、魔界より闇キ皇を呼び込んだ、儂の業よな・・・・・・。」 笄の名残にまとわりつく、気の残滓。 それは、炎邪と化した弟子戦波と近くで接しているものが、水邪と化した継海のほかにもいることを語っていた。 捜し求めていた精気であった。 乾き切った心を潤し、暖めた小さな 本来在りえるはず無き時代に生れ落ち、四海のうちで生きることへと踏み出したばかりの、己が娘。 「無事でおったか。」 呟きに、僅かな安堵が混ざる。 だが、何ゆえに魔と化した弟子達の下に (戦波、継海・・・・・・。貴様達は、淑鈴をどうするつもりか?) 安穏な理由ではあるまい。 急がねば、道を違えた弟子達の手によって、淑鈴の精気は尸気へと変じ兼ねない。 そして、もう一つの気があった。 喩えるならば、万物が萌え出で輝く季節に、爽やかに香る風と満ち溢れる光に似た、清浄な気。 この気の持ち主は淑鈴同様、何らかの意図のもとに幽閉されているのだろう。 一刻も早く彼らを見つけ出し、師として、また武侠としての務めを果たさなくてはならない。 ふと、雲飛の脳裏に甦った、言葉と光景がある。 「可哀相になぁ、雲飛。」 闇キ皇に憑かれて後、十日十夜に渡って戦い、我が手で殺めた師の声だった。 「お前が一番辛かろう。己が半身とまで愛した者と、生まれるはずだった子をその手で殺め、 武侠の精神を自ら裏切ったんじゃからのう。」 闇キ皇と一体化した雲飛の前に立ち、そう告げる師の目には、 冷徹な光と弟子に対する哀憐とが、深く宿っていた。 「もうこれ以上、無辜の人々を殺めることはないぞ。ワシとお前の周りには結界が張り巡らされておる。 何人も立ち入ることはできぬ。存分に死合うか。」 その時師の言葉と共に、闇に囚われた雲飛が感じ取っていたのは、 師の張った結界を、八方向に分かれて弟子たちが守っていることだった。 「お前の弟子たち、我が孫弟子たちも、命を捨てる覚悟で来ておるよ。」 まるで雲飛の気持ちを察したかのように師は言った。 「お前は、ワシの自慢の弟子じゃった。雲飛よ。剣仙の技、死出の土産にするがよい。」 弟子が不始末を仕出かせば、師父が死を以って贖わせるのが武侠の掟。 お前もわかっておろう、と師の声が聞こえたように雲飛は思った。 「我が業、我が手で始末をつけるのみ。」 小さく呟いた雲飛は、ふと気配を感じて振り返った。 宙を飛ぶが如くに駈けて来た一人の青年が、雲飛の前に降り立つ。 強靭な脚力だった。 青年は息を乱すことなく立ち上がる。 「爺さん。あんたのほかに誰かいただろ?」 風間火月と名乗った青年だった。 初めて目を留めたときは、あまりに戦波に似すぎた面差しと姿を怪訝に思ったが、 自ら魂魄を切り離し生き延びた戦波を観た今となっては、 彼の存在する理由も推測できる。 この青年は、戦波の器となるべく産み落とされたのだ。 火月を見やる雲飛の目に、僅かに厳しさが増した。 「オイ、いたんだろ? こいつはあの時里の外で感じたのと同じ邪気だ。 葉月の手がかりになるんだったら、絶対突き止めなきゃならねぇ!」 「・・・・・・魔物の相手は主の手に余る。」 「あぁ!? 舐めたことぬかしてんじゃねぇよ、爺さん。 そりゃ、俺ぁ封魔の術はあんま得意な方じゃねぇけどよ。 葉月を助け出さなけりゃならねえんだ!」 「退け。気迫で為せることと為せぬことがある。」 「うるせぇっ!」 「あくまで引く気はないか?」 「葉月を助け出すまでは引かねぇ!」 「葉月とは主の眷族か。」 「俺の妹だ!」 青年が追ってきた邪気の持ち主・・・・・・肖戦波は、青年の妹を拐した可能性があるようだ。 それならば、淑鈴と共に囚われていると思しき気の持ち主が、その葉月であることは考えられる。 「今一度言う。貴様が追う者は、千年の刻を超えた魔だ。貴様の手には負えぬ。」 「だから何だってんだ!」 青年の怒号が響く。 「葉月がそいつに捕まってるってんなら、何としても助け出す!」 「狙われておるのは貴様だぞ。」 雲飛の声が低くなった。 「俺が?」 火月は怪訝な表情を浮かべ目を瞬く。 「己が己のままでありたければ、手を引けい。」 雲飛は、険しい視線を強め火月を捉える。 火月の目に火花が宿った。 「ヴァ――――――ッハッハァ――――――――――――――――!!」 いつものごとく、雄叫びと洞窟を揺るがす地響きと共に炎邪が帰還する。 水邪は、中空に浮かび腰掛けたような姿勢のままで友の帰還を迎えた。 「ふむ・・・・・・。常のことではあるが、 そう呼びかけた水邪の目に映った炎邪は、 「ゴゥラッ!?」 きょろきょろとせわしく、腰の鉄帯の周囲を手で探っていた。 「何をしている? 同胞よ。」 探すものが見つからない、つまり持っていない、ということを明確に理解した炎邪はがっくりと肩を落とす。 「グルジオ・・・・・・。」 「落とした、だと? ・・・・・・また、葉月たちへの土産か。愚かしい真似を。 女は目をかければつけあがる生物よ。ほどほどにしておけ。」 僅かに肩を竦めた水邪は、しょげた様子の炎邪に告げる。 「ディグシャッ!」 しかし顔を上げた炎邪は、喜色満面に水邪に笑いかけていた。 「ドゥラッ! ジョラジョララァ!」 「何?」 「ゴゥラッ! ドッグォルァ! ヴァーッハッハッハッハァ!!」 豪放に高笑いする炎邪を、水邪は目を眇めて見ている。 「師を倒したと?」 「ボッゴラ!」 「炎邪よ。死骸は確かめたのか?」 「ドゥラッ! ボォッ! グルッシャッ!」 「・・・・・・確かにお前の爆炎にかかれば、骨も残さず焼失するか。 ならば、我らの妨げとなる者は完全に消え去ったこととなるが。」 水邪は刹那考え込んだ様子に見えたが、再び炎邪に目を移す。 「では、そろそろあの小娘を贄とすることにしよう。」 「ガァッ。」 水邪の宣言に、炎邪の顔から笑いが消える。 「もう戯れも充分であろう。送ってやらねば師も寂しかろうよ。最期の 水邪は間髪入れず言い放った。 「我らは神である。世や運命に翻弄される、卑小なる哀れな存在ではなく、全てを翻弄し支配する、世で最も尊き存在ぞ。 神となる、それがこの千年を超える歳月、我らの悲願であったろう。」 炎邪は水邪を見据える。 正直、神などどうでもよい。 だが、目前の友の最大の望みのためならば。 「・・・・・・ドッゴラ!!」 力強い宣言に、水邪は満足げに笑んだ。 「理解したな。では今より決行だ。封魔の娘は・・・・・・結界に封じたままで良いか。」 「ゴルァ!」 「うむ?」 「ディギュシャッ! デェイッ!! ジョラジョラァ!!!」 意外そうな面持ちになり、水邪は朋友炎邪を見返す。 「そのような気遣いをするとは。」 水邪は笑った。 「お前らしくもない。まぁ、そのくらいのことは良かろう。では行くか。」 岩屋に入った水邪と炎邪は、泣き声を耳にする。 「淑鈴ちゃん・・・・・・落ち着いて。」 子供に膝を貸している葉月が、泣きじゃくりむずかる子供をなんとか慰めようとしていた。 「お外に出たいです〜。お父さんに逢いたいです〜。」 葉月が撫で下ろし続けている長い髪の下から、涙声が漏れ出す。 「何をしている。」 水邪の声に、葉月が顔を上げた。 「淑鈴ちゃんが・・・・・・お父さんに会いたいって、泣き止まないんです。」 「くだらぬ。その程度の雑事、貴様一人で収めぬか。」 「ブラァ!」 相槌を打つかのように炎邪が叫ぶ。 「ごめんなさい・・・・・・。」 困りきった表情で、葉月は呟いた。 子供が突如顔を上げ、葉月を振りほどき、頭を振り乱して泣き叫んだ。 「やーですっ! 淑鈴もう、ここにいるのやーですっ! お父さんに逢いたいっ!」 「静まらぬか。愚物が。」 水邪の冷たい声が響く。 近付いた水邪は、なお泣き止まず身体を捩って暴れる淑鈴の腕を掴み、一気に引き上げた。 「痴れ者!! 貴様も”華胥飛仙”たる劉雲飛の血を受けし者なら、見苦しく泣き喚くな!」 その一声に子供の泣き声が止まる。 涙に濡れた丸い目が、水邪を見た。 「貴様は父の名を、引いては天仙遁甲の名を汚す腹積もりか。小娘の身であれどそのような軟弱者、 武林に身を置く資格はないぞ!」 水邪は投げ出すように子供を解放する。 ぺたん、と尻餅をついた子供は、地に膝をつくと水邪に向けて小さな手を伸ばしてきた。 「無礼者!」 一喝と同時に水邪は、その手を容赦なく払いのける。 「 子供の白い手の甲に、一筋の紅みが浮き上がる。 「グォラッ」 炎邪が身を動かしたが、思い止まったように動きを止めた。 見ている葉月は身を切られるような思いをしていたが、 打たれた子供は涙の完全に消えた目で水邪を見上げ、その場にかしこまる。 「淑鈴、大師兄にいけないことしまシタ。ごめんなさいです。」 真摯な目を水邪に向けた子供は、水邪の前に頭を下げた。 「神に余計な手間を取らせるな。」 子供は、重々しくそう告げた水邪の前に、なお深く叩頭する。 葉月は二人を目の前に見ていた。 葉月の知らない、知ることもできない、 遠い時代の大陸の、武の道に生きたものたちがそこにいた。 神、と自ら名乗る魔物。 遥か遠い過去に、その者が血肉を備えた一人の人間であった姿が、 葉月の目には確かに見えていた。 常に尊大に語りかけ、奇異な言動をとる千年の刻を経た魔物は不可解な存在ではあったが、 (昔・・・・・・淑鈴ちゃんのお父さんのお弟子だった頃、この人はいい人だったのかもしれない。) 葉月はそのように思った。 忍びは人を信用してはならない。 如何なる時も相手の裏を読むように努めよ、と葉月は兄蒼月に聞かされてはいたが、 少なくとも今の水邪の言葉は、嘘や誤魔化しのみで言われたものではなかったのではないかと、 真実の気持ちがあったればこそ、淑鈴も頭を下げ、兄弟子への礼を尽くしたのではないかと、 葉月にはそう思えた。 子供がそっと顔をあげ、再び”兄弟子”である水邪を見上げる。 「継海大師兄。淑鈴、お外に出たいデスー。駄目ですカ?」 水邪は子供を見下ろしていたが、やがて告げた。 「良かろう。大いなる神の慈悲により貴様の意思を尊重し、今宵は特別に出ることを許してやる。」 「わーい!」 両手を挙げ、その場で小さく飛び上がった子供は、明るい笑顔を水邪に向けてはしゃいだ。 「継海大師兄〜。淑鈴、お外に出たらお父さんに会いに行きたいデス! 継海大師兄も戦波二師兄も、一緒に来ないデスか? お父さん、師兄たちに千年ぶりに会ったら、きっとトッテモ嬉しいデス!」 「ふむ。」 水邪の口端が刹那、いびつに釣りあがる。 葉月はその表情に、奇妙に不吉な気持ちを覚えた。 決して、気持ちの良い笑みではなかった。 同意の笑みでも、気持ちのゆとりが生んだ笑みでもなく、 それは冷笑だった。 水邪は、目の前で幸せそうにしている子供を嘲笑っている。 葉月は胸騒ぎがみるみる強まっていくのを、息苦しさと共に感じていた。 笑みから嘲りを消し去った水邪は、子供に答える。 「それはしばし待て。我らの師であるお前の父にはもうじき逢わせてやろうぞ。貴様が出歩けるのはこの周辺のみだ。」 淑鈴はその言葉に、目に見えてしょげかえった。 「淑鈴、まだお父さんに会っちゃダメですカ?」 「心配はいらぬ。お前の父にはじき巡り合えよう。 二度と離れることはない。」 子供は、じっと水邪を凝視する。 「継海大師兄! ゼッタイ、お父さんに逢わせてくれるデスか?」 「約束するぞ。神は約束を違えることはない。」 「はぁい! 淑鈴は、継海大師兄のこと信じてマス!」 ぱっと立ち上がった淑鈴は、ちょこちょこと葉月に近づきその前に立った。 「葉月師姐も、一緒にお散歩しまショ?」 はちきれるように嬉しげな笑みを浮かべながら、少女は葉月の手をとる。 「駄目だ」 「ドッッグラァ!」 炎邪に言葉を遮られた水邪は不快そうに眉をしかめたが、 「・・・・・・まぁ、よかろう。ただし、封魔の娘よ。」 と、葉月の前に立つ。 「逃げようなどと愚かなことは考えるな。」 葉月を眼下に射すくめる氷の如き視線と低めた声の調子は、 逃亡を企てれば無事には済まさぬ、脅しではないと葉月を威圧していた。 「よいな?」 凍りついたように水邪を見据えていた葉月は、こっくりとうなづく。 「わぁい! 葉月師姐も一緒にお散歩デス〜!」 何も知らぬ子供が、無邪気にはしゃいだ。 丸く、柔らかな光を放つ月の下。 「わぁーい。わあ〜い。」 幼子が嬉しげにはしゃぐ声が、暗い木々の間に聞こえている。 月の光があるとは言え、目の前の様子すらも定かでない、樹木が黒々と生い茂る闇の中を 子供は躊躇なく走り回り、木々の間や岩の間を駈けていた。 「淑鈴ちゃん! 気をつけて!」 葉月は両手を口の側に立て、子供に呼びかける。 「あれは生まれついての仙、神仙である小娘だ。五感は並みの人間どもより優れている。」 葉月の背後で、炎邪と並ぶ水邪が言った。 「多少の鍛錬を重ねれば、人よりも遥かに容易く様々な仙術を会得しよう。」 水邪の唇にこっそりと、先ほど葉月の目にしたいびつな笑みが浮かぶ。 「故に、我らの神への階(きざはし)よ。」 「え?」 その呟きが聞き取れず、葉月は水邪を振り向く。 月明かりの下、考えを窺わせぬ笑みを浮かべ、 神を名乗る魔・水邪は葉月を見返していた。 「まったく、火月も葉月も・・・・・・手間をかけさせてくれますね。」 水の如く、静謐に流れる声。 風間蒼月は、微かなため息と共に言葉を漏らす。 落ちかかる髪をかきあげる。 里の外で出火したあの時、 葉月が攫われたと主張する弟火月は、そのまま風間忍群の里を飛び出した。 弟は抜け忍と見なされ、蒼月はその追っ手として行動している。 (しかし、火月の言ったことが真実であるならば・・・・・・。) 心当たりはないでもなかった。 (まったく。厄介なことです。) 月明かりの下に立つ、秀麗な男の姿は刹那に消えた。 |