アンドヴァリの物語で重要な要素となるのは、彼から奪われた黄金なのですが、
黄金とトールには、おそらくあまり知られていない繋がりがあります。
別のページで紹介した『オージンのいる風景』で、さらりと次のような一節が出てきます。
『ハールヴダン・エイステインソンのサガ』(二六章)によれば、
ドゥンブ海(北極海か?)の北に住んでいた巨人スヴァジはアーサ=ソール(アース神のトール)の息子であった。(上掲書P185)
注にはこのサガの引用箇所が出ていまして、
(ヴァルという男が)「だれもマルク換算で数えられないほどの黄金を得たが、これは彼がブレザネルグという山に住んでいる巨人スヴァジから奪ったのだ。
その山は北極海の北にある。スヴァジはアーサ=ソールの息子だった。」(上掲書P196)
はっきりと、神トールの息子と述べられている巨人スヴァジ。
アース神の息子なのに所属が巨人ということは、母親が女性巨人だからとしか考えられませんが、
それなら母親が「女巨人(の所属と考えられる)ヤールンサクサ」とはっきり言われているトールの息子マグニも、
所属としては巨人ってことになるのでは? という小さな疑問は置いといて。
話を戻すと、ロキとアンドヴァリ同様に、神と小人が中心の北欧神話の物語と言えば、もう一つありますね。
他ならぬ、トールが小人のアルヴィスと問答を繰り広げる『アルヴィスの歌』です。
トールの娘に求婚し、許可を求めに来たアルヴィスをトールが質問攻めにし一晩足止めすることで石化させ(小人は太陽光を浴びるとそうなります)、
娘との結婚を阻止した(破局させた)という筋立てですが、どちらも神のために小人が酷い目に合わされた、という内容です。
小人は北欧神話の世界において、神々の最大敵対勢力である巨人族ほどの大きな存在感はありませんが
原初の巨人ユミルの身体から誕生した、かなり古くからの存在ですし(『巫女の予言』の記述から判断すると、人間より先に神々に造られています)、
金属加工の技術に優れ優秀な鍛冶屋を輩出し、トールの槌ミョルニル・オーディンの槍グングニルをはじめとする神々の宝は小人たちの手になるものです。
小人のアンドヴァリが黄金を多く持つ・小人族には金属加工に優れた者が多いという特徴は、彼らが金属の源である大地と深いつながりを持つ故ではないでしょうか。
また『ギュルヴィたぶらかし』によれば、世界の四隅(東西南北)=天となったユミルの頭蓋骨を支えているのは、
それぞれ東西南北の名を持つ『巫女の予言』に名を挙げられていた小人たちです。
ギリシャ神話であれば巨人アトラスに課せられていた行為を北欧神話では小人が為しているのは、小人が原初の巨人ユミル・及び大地と深いつながりを持つ故、と考えられます。
そして、大地の女神ヨルズ(『詩語法』では「ユミルの肉」「トールの母」のケニングを持っています)の息子トールも、当然大地と繋がりが深い存在です。
故に彼の息子の一人である巨人スヴァジは大地=金属=黄金の大量所有者という属性を持ち、
黄金の所有者たる巨人を息子に持つことで、トールも黄金という要素と繋がりを持つことになるわけです。
と書いておいて、今一つ弱いなとは感じるのですが……(^^;)
まあとりあえず、ロキとトール(呪われた黄金誕生の現場に居合わせはした神ヘーニルと同一と私が見ている)は、
大地と繋がりの深い種族である小人に働きかけ、何かしらの損害を与えた神話を持つ一方で
「主神」であるオーディンには、これら二神と違い小人と関わった神話は全く存在しない、というのは重要なポイントであると考えます。
(ついでにミョルニルをはじめとした神々の宝を作った小人も、神話の中でロキとトールとは直接話したりして関わっていますが、オーディンは完全に蚊帳の外です。)
そして巨人シャツィの神話ですが、ここではロキが一人で話を回してるというか、言うなれば完全なマッチポンプです(笑)
イドゥンをシャツィに攫わせる手引きをしたのも、イドゥンをシャツィから取り返したのもロキなんですから。
この話にトールは直接登場せず、というか正確に言うと名前の言及がありませんが、
普通に考えたら若返りの林檎がないため老け出したアース神の中にいて、シャツィを殺した一員になった……と判断できそうなんですけど。
ここで注目したいのは、スノッリが著作『エッダ』で伝えた神話と、詩の『エッダ』と呼ばれる古代北欧の神話歌謡集とは
大筋はほぼ一致していても、相違点もそれなりに見受けられる、という点です。
つまり、『エッダ』にはスノッリによる"編集"も当然入っていると考えられるんですね。
アンドヴァリの話で見ると、詩の『エッダ』における該当の神話を歌う『レギンの歌』では、アンドヴァリは滝に住んでいて
(魳(カマス)に変身し食物を捕まえていた、とあります)ロキに捕まった時こう言っています。
「名はアンドヴァリと言います。(中略)多くの滝をまわってきたものです。昔、哀れな運命の女神から、水の中を渡るよう決められたので」
このくだりは、同じ話を扱う(スノッリの)『エッダ』の『詩語法』第46章では触れられていません。
シャツィの話も同じように、『詩語法』と詩の『エッダ』では違う所があります。
『詩語法』第2~4章がシャツィのイドゥン略奪とロキによる奪還の神話を扱っていますが、シャツィの最期のシーン。
(第3章より)アースたちは木の実(ロキがイドゥンを変身させたもの)をもった鷹(変身したロキ)がこちらに飛んできて、
鷲(変身したシャツィ)がどこを飛んでいるか見たとき、アースガルズの下に出て行き、かんな屑の山をそこに運んだ。
鷹は砦の中に飛びこむと砦の壁の内側に降りた。するとアースたちはかんな屑に火を放った。
鷲は鷹を見失ったとき、スピードをとめることができなかった。
それで鷲の羽に火がつき、飛ぶのをやめた。アースたちはそのときそばにいて、巨人シャツィをアースガルズの門の内で殺した。この殺害はたいへん有名なものだ。
詩の『エッダ』の方で、この神話を直接歌っているものはありませんが、
渡し守ハールバルズに変身したオーディンが、川を渡りたがっているトールと言い争いを繰り広げる『ハールバルズの歌』で、トールは次のように言っています。
「わしは怪力の巨人シャツィを殺し、アルヴァルディの子(シャツィ)の眼を明るい天に投げた。それは、わしの手柄のうちいちばん目ざましいものだが、
その後すべての人々から注目されるようになった。(後略)」
ここでトールは、シャツィを殺したのは自分一人だけだと言っているのです。
さらにシャツィの両目を星にしたとも語っていますが、「詩語法」第4章ではこう述べられています。
オーディンはスカジ(シャツィの娘。父の仇討のためアースガルズにやって来たが、アース神に慰撫され彼らのうちニョルズを夫にすることになった。後に離婚)に対するつぐないとして、
シャツィの眼を天にむかって投げ、それから二つの星をつくった、といわれている。
『エッダ』著者・スノッリ=ストゥルルソンが『エッダ』を著したのは1220~1222年頃と考えられており、
一方『ハールバルズの歌』は10世紀後半(ヴァイキング時代)に成立したとされています。
年代だけ見ると、『ハールバルズの歌』の記述の方が約200年古い。ということになりますね。
そこからするとより古い北欧神話では、巨人シャツィの殺害者・そしてその眼から星を作った神はトールであった、
と考えられていた(ヴァージョンがあった?)と判断できるわけです。
そして『詩語法』でも、トールが星を作った神話が存在しています。
巨人フルングニルとの決闘で、巨人を倒したものの負傷したトールは、その傷を呪文で癒そうとする巫女グロアを喜ばせるため、
彼女の夫・アウルバンディの凍傷にかかった足指を星にしたと語るのです。
上記をまとめると。
オーディン・ロキ・ヘーニルの3神がトリオを組んで行動したところから始まる二つの神話には、裏側にトールの影が見えている。
アンドヴァリの神話(英雄シグルズの竜退治伝説の前章・導入部)からは、
トールも大地との繋がり(大地の女神の息子)からアンドヴァリのように大量に黄金を所持する巨人の父とされ、
ロキ同様、大地に繋がりの深い種族である小人族を酷い目に合わせている(ロキはアンドヴァリから黄金を残らず取り上げ、トールは目的は足止めだけですが
そのために「全知・全てを知る者」の名を持つアルヴィスから多くの知識を聞き出しているので、
どちらの神話も神が小人=大地から搾取しているケース、と言えるかもしれません。)、という要素が導き出せる。
巨人シャツィの神話の方では、『ギュルヴィたぶらかし』とは違って、より古くからの伝えにおいてシャツィを殺害したのはトールのみの手柄であり、
その眼を天に上げて星にしたのもトールだけの功績である。
しかし『ギュルヴィたぶらかし』が伝えるシャツィの神話では、ロキがシャツィにイドゥン誘拐の手引きを約束させられ、そのとおりにしたロキがイドゥン奪回も為している、
つまり大まかな活躍(原因も)はロキにのみ懸かっている。
となります。他にトールはアウルバンディの足指も星にしています。
そしてこの二つの神話以外でも、トールとロキの間の共通点は見出せます。
トールとロキは、小人との関係以外でも大地に繋がりを持ち大地に働きかける神であり、同時に星に関連した神でもある、という点です。
ロキは「大地の帯」と称されトールの宿敵となる大蛇ヨルムンガンドの父であり、
同時にオーディンより地下=大地の下、の冥界を支配するよう定められた女神ヘルの父でもあります。
そして何より、ロキは「地震を起こす神」です。彼がバルドル謀殺後に神々に捕縛された神話は、地震の由来説話になっているのです。
ロキと星との繋がりについては、北欧神話そのものには登場しませんが、アクセル=オルリックは著作『北欧神話の世界』の中で、
全天一の明るさを持つ恒星・シリウスは北欧ではロカブレンナ(Lokabrenna)=「ロキの火、燃焼」を意味する名で呼ばれると書き、さらに次のように述べています。
全北欧諸国の民俗信仰は、ロキが元来は自然神であり、火や燃えるような夏の炎暑を支配し
ある場合には苦痛を、ある場合は助力を与える存在であることを証明している。彼がオーディンやヘーニルと共に登場する神話圏は、
彼が本来は神界に属していることを示している。(上掲書P129)
つまり、ロキは北欧の民俗信仰において、暑い時期に空に登る星・シリウスにその名を与えているんですね。
言うなれば、天空(星)と大地両方において力を有している神であるトールとロキ。オルリックの述べた通りの自然神なのですが、
両神の大地との繋がりについてさらに述べていくなら、彼らの家族もまた、それぞれ大地に関係した存在です。
母 | 妻もしくは娘 | |
トールの家族 | ヨルズ(大地そのものとされる女神) | 妻・シフ(実りを表すとされる豊かな金髪の持ち主) |
ロキの家族 | ラウフェイ(別名ナール) | 娘・ヘル(冥界ニブルヘイムの女王。 半ば青色・半ば人肌色をしているという特徴があり、病死・老衰で死亡した者たちを引き受けるという) |
ロキの母については、『ギュルヴィたぶらかし』第33章(ロキの紹介)ではラウフェイ、別名ナールとあります。
何故ロキの母に名前が二つあるのか?
ちょっと疑問だったのですが、『ソルリの話とヘジンとホグニのサガ』(PDF)というサガの冒頭で理由が出てきました。
このサガは、二つの軍勢が戦って全滅する度、蘇生させられて永遠に戦う「ヒャーズニングの戦い」を描いたもので、
発端はロキがオーディンの命でフレイヤの首飾りを盗み出した事なのですが、
『ユングリンガ・サガ』がそうであるように、登場する神々は人間化させられている節があります。
ここでのロキ・オーディン・フレイヤの関係は実に面白く、
フレイヤはオーディンと同居する愛人であるとはっきり書かれていますし、
ロキとオーディンに関しては
オーディンは、ロキが何をしようが、何事でもその肩をもった。
オーディンはしばしばロキに厄介な骨折り仕事を課したが、ロキはそれを予想よりもうまくやってのけた。
彼はまた、出来事にはほとんど残らず気づき、自分の知っていることは全部オーディンに知らせた。
とあります。
ロキの出自や描写についても興味深いのですが、ロキの両親についてはこう書かれています。
ファールバウティという男がいた。彼は老人で、ラウヴェイ(ラウフェイ)という名の老婆を妻にしていた。
彼女はやせてもおり、病弱でもあった。それでナール(針)と呼ばれていた。
『ソルリの話とヘジンとホグニのサガ』を翻訳した菅原邦城氏は、ナールの名は「死」に関連するのではないかと推測しています。
ロキの両親がわざわざ老人であると書かれ、母ラウフェイことナールは「痩せていて病弱」と、死に近いことを連想する要素が並べられているのを見ると
的を射ているように思われます。
つまり、トールは産むもの・生を与えるものとしての大地(の女神たち)に関係する神。
一方、ロキは全てを飲み込み、死んだ者が還る所(埋葬先)・死の世界としての大地(の女巨人たち)に関係する神である。
と言えるのではないでしょうか。
ロキがシフの髪を刈りとったというのも、実りは必ず枯れていく=枯れる作用をロキが齎している、ということを意味しているのかもしれません。
北欧神話の世界では、神がトリオを作るのもお約束であり(例えば世界を創造した「ボルの息子たち」はオーディン・ヴィリ・ヴェーの三神、
人類創造の神もオーディン・ロドゥル・ヘーニルという具合に)、通常は例に挙げたように男神のみの構成が多いのですが、
上の表を参照するとトールとロキは、家族(血縁者)である二人の女神・もしくは女性巨人とそのトリオを……
この場合、トールは大地のプラス面を、ロキは大地のマイナス面をそれぞれ司る「神のトリオ」を構成している、
と考えることもできます。
トールとロキの関係性を考えていくと、ロキとトールの従者であるシャールヴィの間にも、互換性が見えてきました。
まず、トールが倒した巨人の一人・策士であり、灼熱の鉄塊という強力な武器も有する強敵ゲイルロズの所にトールと共に向かうのは、
ある時はロキであったり、またある時はシャールヴィだったりするのですが、この他に
ロキとシャールヴィは、共に「トールの山羊を傷つけた者」でもあります。
『ギュルヴィたぶらかし』で語られる巨人王ウドガルザロキ訪問の神話で……ここでシャールヴィと妹のロスクヴァはトールの従者となるわけですが、
きっかけはトールが自身の山羊を屠り肉を農夫のシャールヴィ一家に振舞った時、
山羊の骨は傷つけぬよう言い渡したのに、シャールヴィは骨を割って髄を食べてしまい、結果トールがミョルニルを振るって生き返らせた山羊はびっこで復活してしまいました。
トールは激怒しますが、シャールヴィの両親が怯えて詫びるのを見て、息子と娘・シャールヴィとロスクヴァを従者にすることで許します。
そしてロキですが、エッダ詩『ヒュミルの歌』では、トールとテュールが首尾よく巨人ヒュミルから大鍋を手に入れて帰路に着こうとしたとき、
しばらく行くと、フロールリジ(トール)の山羊が半死半生の態で倒れた。
山羊の足がびっこになっていたのだ。
これは奸智にたけたロキの仕業だった。
一体いつやって来て!
かつどーやって、どんな理由でそんな無駄&迷惑なことやっとったんじゃい、ロキは!!(笑)
と突っ込んでみましたが(突っこんでて何ですが、ロキの習性であるところの単なる悪戯(のつもり。本神的には)なんでしょうかねぇ……w)
『詩語法』によると、ロキのケニングの中には「巨人と山羊とグリーシンガメンとイズン(イドゥン)のリンゴの盗人」というのもありますので(原文ママ)、
ロキがトールの山羊に害を為した、という神話は当時の北欧では知られていたものだったのではないのでしょうか。
そういえば。
少し話は逸れますが、スノッリの『エッダ』の構成は、第一部『ギュルヴィたぶらかし』第二部『詩語法』共に、
アースガルズ=アース神族の本拠地を訪れた人間の男がアース神から話を聞く、というものになっており、
彼ら……第一部の王ギュルヴィ・第二部のエーギル(またはフレール)は「魔法の心得のある男」「非常によく魔術に通じていた」となっています。
ところが、ロキとトールがウトガルザロキ訪問の最初に訪れた農夫一家(シャールヴィとロスクヴァの家族)には、その言及がない……
つまり彼らが魔法や魔術を使えた、または知っていたという「設定」が全くありません。
一方、呪われた黄金の最初の犠牲者となったフレイズマルは、農夫と書かれていますが同時に「この男は有力者で魔術に良く通じていた。」ともあります。
つまりは富農で魔術師なわけですね。彼の息子たちも、三人のうち二人までが動物に変身していますし。
(カワウソに化けてロキに殺されたオトと、後に竜になって宝を一人占めしシグルズに殺されるファヴニール)
思うに、ギュルヴィとエーギルの相手をしたのは、ギュルヴィの場合はおそらくオーディン(と、周辺の神?)が変身したと考えられる3人の首長、
エーギルの場合は言葉・雄弁・詩の神であるブラギで、つまりはオーディンの得意な領域に力を持つ神です。
故に、オーディンまたはオーディンに近しい力を持つ神と接触するには魔法が必要であった、ということではないでしょうか。
フレイドマル一家が「魔術に良く通じて」いるのも、やって来た3人の神にオーディンが混じっている故に相手をするには魔法が必要だったからであって、
一方、ロキとトールは魔術よりも自然に通じている神なので(ロキには多少魔術に通じていると思われる言及もありますが)接触するのに魔法は不要だった、と思われます。
さて、そろそろまとめに入りますと。
オーディン・ロキ・ヘーニルが連れ立って旅をするところから始まった二つの神話からは
ロキとヘーニル・私の考えではヘーニル=トールの間に共通点・類似性が見出されるのですが
そこから、これらの神話でロキ(だけ)が活躍し、ヘーニル=トールがただいるだけの空気状態になっている理由も導き出せます。
「主神」であるオーディンに率いられた「神のトリオ」を形成し、それぞれ大地のマイナス面・プラス面を体現する神であるロキとトール。
ロキだけが活躍している、小人アンドヴァリ由来の呪われた黄金・巨人シャツィによるイドゥン誘拐を語る神話。
つまり、これらの神話が「呪いをかけられ持ち主に破滅(死)を齎す黄金の誕生」「若返りの女神がいなくなり神々が老化し、"死"の危険に晒される」
そういったマイナス面を扱っているからこそ、"大地の死の側面を代表する男神"であるロキだけが「動ける」ということなのではないでしょうか。
ヘーニル=トールは「大地の生の側面=プラス面」の神。故に、ロキが活躍する神話では「ただいるだけ」の存在なのです。
逆にトールが巨人退治で活躍する神話に現れるロキは、トールの「従者的存在」=脇役でしかない、というわけですね。
……しかし。
ここまで意気揚々と語ってきて!(2回目)、またしてもトール=ヘーニル説に最大の障害が(笑)。
『詩語法』の冒頭では、前述のようにエーギルという男がアースガルズを訪ね、詩の神ブラギに様々な物語やケニングを習うに至る様子が描かれているのですが
ここで、オーディンに仕える「アース12神」(男神のみ。女神はこの後別に挙げられている)のメンバーが、初めてきちんと明かされています。
トール・フレイ・ニョルズ・テュール・ヘイムダル・ブラギ・ヴィダル・ヴァーリ・ウル・ヘニル・フォルセティ・ロキ
トールとヘーニルが一緒に入ってる―――!
がびーん(古い)
長々語ってきた説もこれまでかッ……がっくし。
と、思ったのですが。
よくよく見てみると、なんかおかしくないですか? このアース12神のメンバー。
何故バルドルがいないんだろう?
バルドル没後のメンバーなのだとしたら、なんでその死を画策した張本人のロキがしれっと入ったままなんだろう!?
次回は(トール=ヘーニル説を何とか復活させるべく(笑))この考察から始めてみる予定です。
どんどん順調に当初の目的からズレていってますね(笑)
ヤールンサクサは『詩語法』フルングニルの神話では名前のみ出てきます。
彼女の名前は詩のエッダ『ヒュンドラの歌』で、その8人姉妹と共に登場し、
おそらく同じ詩の中の「九人の巨人の娘が武器をとって誉れの高いものを産んだ」と同一と考えられます。
この9人の巨人の娘=ヤールンサクサとその姉妹たちは、一説には神ヘイムダルの9人の母と同一視されています。
そうすると、ヘイムダルとマグニは異父兄弟ということになりますが。
アウストリ(東)・ヴェストリ(西)・ノルズリ(北)・スズリ(南)の4人。『ギュルヴィたぶらかし』第4章に登場します。
ロキの父であるファールバウティですが、名前の意味は「雷鳴・嵐・襲う者」(『北欧・ゲルマン神話シンボル事典』大修館書店)
「危険な叩く者」(『北欧とゲルマンの神話事典』原書房)などであるとされ、つまりは古い雷神であるとの説も存在します。
その場合、ロキはトール同様雷の要素にも関わっている事になります。
実は、トールとテュールはヒュミルの館に向かう前に、「はるばるエーギルの所まで行って」山羊を預けてきたとあります。
そこにロキがやって来て悪戯したのでしょう。
このエーギルはある巨人・または人間の農夫と解釈されているようですが(本によってはシャールヴィ兄妹の父ではないかともしています)
冒頭と終盤に登場する、海の王である巨人エーギルと同一かもしれません。
(どうもここでのエーギルと海の巨人エーギルは綴りが違うようなのですが、昔の事なので写本の綴り間違いが訂正されなかった、という可能性もあるかと?)
名前はそれぞれハール、ヤヴンハール、スリジ。全て『グリームニルの歌』に登場するオーディンの別称です。
エッダ詩『ロキの口論』では、ロキはシャツィの娘スカディに対し「(前略)俺たちが巨人のシャツィをつかまえて殺したとき、いちばん初めから終わりまで
その場にいたのは、この俺だぞ」と挑発しています。